メリベウミウシは、体長10〜15cmになる北米西岸の裸鰓類です。頭部に投網のように広がる大きなフード(口)と、体の左右に並ぶ葉状のパラポディアが最大の特徴になります。学名は Melibe leonina。カリフォルニアからアラスカまでの温帯ケルプ林に生息し、フードを広げて泳ぐ橈脚類(かいあしるい)や端脚類などの小型甲殻類を捕らえて食べる、ウミウシとしては珍しい肉食性の種として知られます。透明感のある白〜淡黄褐色の体と、口を開閉する独特の動きが水中写真・水中動画の被写体として人気があります。触れるとメロンやスイカに似た甘い匂いを放つことから、英名 Melon-scented sea slug(メロンの香りのウミウシ)とも呼ばれます。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:腹足綱 Gastropoda
- 目:裸鰓目 Nudibranchia
- 下目:クラドブランキア下目 Cladobranchia
- 科:メリベウミウシ科 Tethydidae
- 属:Melibe
- 種:メリベウミウシ Melibe leonina
和名・英名
- 和名:メリベウミウシ(属名のカタカナ表記が定着した通称)
- 英名:Hooded nudibranch(フードのあるウミウシ)/ 別名 Lion nudibranch, Melon-scented sea slug
別名と名前の由来
種小名 leonina はラテン語で「ライオンのような」の意で、頭部のフードが開いた姿がライオンの鬣(たてがみ)を思わせることに由来します。英名 Hooded nudibranch はそのフードの形をそのまま表し、Lion nudibranch も leonina の意訳です。属名 Melibe の語源は諸説あり、ギリシャ神話の女性名 Meliboea(メリボイア)に由来するとする説などが伝わります。触れると分泌する液に含まれる化学物質(2,6-dimethyl-5-heptenal)が、メロンやスイカに似た甘い匂いを放つことから Melon-scented sea slug の通称もあります。1852年、アメリカの博物学者オーガスタス・A・グールド(Augustus Addison Gould)が Chioraera leonina として原記載した種で、北米西岸のダイビング史のごく初期から親しまれてきました。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 10〜15cm(フードを広げると幅約5cm) |
|---|---|
| 体色 | 透明感のある白〜淡黄褐色/消化管の茶色や橙色が体表から透けて見える |
| 頭部 | 投網のように広がる大きなフード(口の周りの膜)/縁に多数の細い触手(tentacle)が並ぶ |
| パラポディア | 体の左右に3〜6対の葉状の突起/中に消化管の枝が伸びる/脱落・再生する |
| 分布 | 北米西岸(アラスカ〜バハカリフォルニア)/ケルプ林や海藻帯 |
| 生息環境 | ケルプ(Macrocystis pyrifera など)の葉や茎に付着/水深0〜30m |
| 食性 | 橈脚類・端脚類・アミなど小型甲殻類を捕食(ウミウシで珍しい肉食性) |
| 寿命 | 約1年(産卵後に急速に死ぬ) |
| 保全状況 | IUCN未評価。北米西岸で観察例は多く、個体数は安定と見られる |

頭部のフードで小型甲殻類を投網する
フードの縁に触手が並ぶ独特の口
フードの直径は最大5cm
メリベウミウシの頭部には、通常のウミウシに見られる口ではなく、投網状に広がる大きな膜(フード)があります。フードの直径は成体で最大5cm前後、縁には細く柔らかい触手が20〜40本ほど並び、水中の獲物の動きを感じ取れる仕組みです。この構造はウミウシ全体の中でもきわめて独特で、外見上ほかの裸鰓類と区別しやすい特徴になっています。
1秒に1回のペースで開閉して捕らえる
採餌時にはフードを大きく開き、水中を漂う小型甲殻類(橈脚類・端脚類・アミなど)に向けて素早く閉じます。フードの開閉は1秒に1回ほどのリズムで繰り返され、水の流れの中で通りかかる獲物を次々に捕らえていきます。ウミウシとしては珍しい肉食性で、多くの裸鰓類が海綿やヒドロ虫を吸って食べる中、メリベウミウシは網状の器官で能動的に狩りをする種として知られます。

体の左右に3〜6対の葉状パラポディア
葉のように広がる呼吸器官
3〜6対の透明な葉が並ぶ
メリベウミウシの体の左右には、3〜6対の葉状の突起(パラポディア)が並びます。1枚1枚は透明感のある膜で、中には消化管の枝が伸び、体表から橙色の脈のように透けて見えるとされます。
体表面積を稼ぐ呼吸の役割
パラポディアは呼吸器官も兼ねており、体表面積を大きく取ることで水中から酸素を効率よく取り込む役割があります。裸鰓類は背中に鰓を持つ種が多い中、メリベウミウシはこの葉状パラポディアで代替する独自の進化を見せます。
触られると自切して逃げる
刺激で1〜数枚を切り離す
強い刺激を受けたとき、パラポディアを1〜数枚自切(自ら切り離す)することが観察されています。切り離されたパラポディアはしばらく動き続けて捕食者の注意を引きつけ、その間に本体は反対方向へ逃げる仕組みです。
数週間で再生するトカゲ型の防御
トカゲの尾切りに近い戦略で、失ったパラポディアは数週間で再生します。この行動が観察できるのはメリベウミウシの生態研究における見どころの1つです。

体を左右に振って泳ぐ、少ない遊泳種
メリベウミウシは、多くのウミウシが這うだけであるのに対し、体を左右に大きくくねらせて短時間泳ぐことができます。刺激を受けたり餌のケルプから離れたりしたとき、体をS字状に波打たせて数十cm移動し、別のケルプに着底します。スペインショールウミウシと並ぶ「泳ぐウミウシ」の代表例で、水中動画で見ると想像以上にダイナミックな動きです。

触れるとメロンの匂い、化学防御のしるし
メリベウミウシに触れたダイバーは、水中でも指先にメロンやスイカに似た甘い匂いを感じることがあります。この匂いの主成分は 2,6-dimethyl-5-heptenal と呼ばれる化学物質で、外敵に噛まれたときに口の中で不快な感覚を引き起こす防御物質だと考えられています。餌の甲殻類から取り込んだ化合物ではなく、メリベウミウシ自身が体内で合成することが分かっており、化学防御と匂いの関係を示す好例として研究対象になっています。ダイビングでは「触るとメロンの匂いがするウミウシ」として親しまれ、この体験自体が本種を代表する印象になっています。
ケルプ林の集団、産卵後に急速に死ぬ
ジャイアントケルプに数十個体が集まる
メリベウミウシは、ジャイアントケルプ(Macrocystis pyrifera)などの大型褐藻の茎や葉に付着して暮らします。餌となる小型甲殻類が集まる場所には数十個体が集まって観察されることも多く、カリフォルニアのモントレー湾やビッグサー沿岸ではケルプ林の代表的な住人の1つです。ダイビングでも比較的見つけやすく、透明感のある白い体がケルプの緑褐色に浮かび上がる光景が印象的です。
白い螺旋の卵塊を産み、寿命1年で死ぬ
ウミウシ全般と同じく雌雄同体で、繁殖期には2個体が精子を交換して両方が卵を産みます。産卵時には Macrocystis pyrifera など巨大ケルプの葉に直接白いリボン状の卵塊を貼り付け、フードで捕らえる甲殻類の多いケルプ林内で稚ウミウシが暮らしを始められるようにします。孵化した幼生は数週間プランクトンとして海中を漂ったのち、ケルプの近くに着底して稚ウミウシに変態します。寿命は約1年で、産卵をピークに急速に老化して死ぬのが典型的なライフサイクルです。


近縁のメリベ属と日本の海のなかま
Melibe 属は世界で20種前後が知られる小さなグループで、いずれも投網状のフードを持つ点で共通します。日本近海には近縁の Melibe engeli や Melibe viridis(熱帯産のフードウミウシ)などが分布し、南西諸島のダイビングポイントで観察されます。多くはメリベウミウシと同じくケルプや海藻に付着して小型甲殻類を捕らえる肉食性で、透明感のある体と葉状パラポディアという基本形を共有しています。

関連



口幕による投網摂餌の動的観察と関連研究
短時間で閉じる口幕(oral hood)の高速観察
メリベウミウシ属の摂餌行動は、口の周りに広がる大きなフード状の口幕(oral hood)を海底や海藻に押し当てて広げ、内部に触れた小型甲殻類を包み込んで閉じるという独特な様式で知られます。高速度撮影を用いた観察例では、フードの閉合は1秒に満たない短時間で完了することが報告されており、餌の逃走を許さない素早い反応であることがわかっています。フード縁辺には多数の細長い突起が並び、触感で獲物を検知する感覚器として働くと考えられています。
独特な匂い成分と水族館での展示例
本属の分泌物にはメロン様とも表現される甘い匂いを放つ成分が含まれ、Barsby ら(2002年)の研究では 2,6-dimethyl-5-heptenal などの短鎖不飽和アルデヒドが同定され、防御的な意味をもつ揮発性化合物として報告されています。飼育観察の場としては、米国カリフォルニア州のモントレー湾水族館(Monterey Bay Aquarium)のケルプ林水槽での展示例が知られ、ジャイアントケルプの葉上を這うメリベウミウシ属の姿が海藻林生態系の一員として紹介されてきました。


