シリヤケイカ

シリヤケイカ・葛西臨海水族園の展示個体 イカ・タコ類(頭足類)

シリヤケイカは、東京湾など日本沿岸の内湾で見られる中型のコウイカ類です。関東では春の代表的な釣り物として知られ、産卵のために浅場へ集まる4〜6月には堤防や船釣りで大いに賑わいます。和名の「シリヤケ」は、尾部の腹側に赤褐色の液を出す腺孔があり、その色がまるで「尻を焼いたよう」に見えることに由来しています。分類上はコウイカ属 Sepia ではなく、甲の後端に棘(とげ)を持たないシリヤケイカ属 Sepiella に位置づけられます。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:頭足綱 Cephalopoda
  • 目:コウイカ目 Sepiida
  • 科:コウイカ科 Sepiidae
  • 属:シリヤケイカ属 Sepiella
  • 種:シリヤケイカ Sepiella japonica

和名・英名

  • 和名:シリヤケイカ(尻焼烏賊)
  • 英名:Japanese spineless cuttlefish

別名・学名の由来

学名 Sepiella japonica は日本の動物学者・佐々木望が1929年に記載しました。属名 Sepiella はコウイカ属 Sepia の縮小形で、コウイカ類の一群のうち、甲の後端に棘を持たないグループに与えられた属名です。種小名 japonica は「日本の」を意味し、記載当時の主な採集地が日本沿岸だったことに由来します。英名の Japanese spineless cuttlefish は「棘のない日本のコウイカ」で、この甲の特徴と分布が両方こめられた命名です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ外套長 約15〜18cm、大きな個体で20cm弱
分布日本沿岸(本州中部以南)・朝鮮半島・中国沿岸・東シナ海・南シナ海
生息環境浅い内湾の砂泥底。冬は水深60〜80mの沖合で越冬
寿命約1年(産卵後に死亡・一生一回産卵)
保全状況IUCN未評価(NE)。中国では過去に乱獲でほぼ絶滅寸前まで減少し、現在は海洋保護区で保全

「シリヤケ」の名の由来

シリヤケイカ・尾の腺孔
Kingfiser, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

尾から出る赤褐色の液

シリヤケイカの尾部の腹側には、腺孔(せんこう)と呼ばれる小さな開口部があります。生きた個体や新鮮な個体を扱うと、この孔から赤褐色〜橙色の粘液が押し出されるのが観察されます。分泌液の色は血液のようにも見え、初めて釣り上げた人が「イカが血を流している」と驚くこともあるという、この種の目印となる形質です。

「尻焼け」と呼ばれた姿

この赤褐色の液が尾のまわりを染めた姿が、まるで「尻を焼かれたよう」に見えることから、和名「シリヤケ(尻焼)」が付けられたとされます。分泌腺の役割は完全には解明されていませんが、フェロモンとして繁殖期の雌雄のやりとりに関わる、あるいは捕食者に対する化学的な防御になっているといった説があります。市場で並ぶ個体では液の分泌がほとんど見られず、コウイカ属との違いがぱっと分かりにくい種でもあります。

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見た目と体のつくり

シリヤケイカ・八幡浜で水揚げされた個体
Kingfiser, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

菱形の外套膜と全周の鰭

体は縦に長い菱形で、外套膜の両側面のほぼ全長にわたって細長い鰭が張り出します。鰭を波打たせながら砂泥底の上をゆっくりホバリングする姿は、コウイカ類らしいはたらきで、水中の砂粒を巻き上げずに獲物へ近づくのに向いています。体色は褐色〜灰褐色を基調に、興奮するとまだら模様やしま模様を瞬時に浮かび上がらせ、砂泥や海藻に体色を合わせるのが得意です。

甲(cuttlebone)と属名の由来

シリヤケイカの甲・オランダ自然史博物館標本
Naturalis Biodiversity Center, CC0, via Wikimedia Commons

「棘のない」甲:Sepia属との違い

コウイカ類の最大の特徴は、外套膜の内側にある「甲」と呼ばれる石灰質の板です。シリヤケイカの甲は細長い楕円形で、内部が多孔質になっており、他のコウイカ類と同じく気体を出し入れして浮力を調節します。決定的な違いは甲の後端にあります。コウイカ属 Sepia(マイカやカミナリイカなど)は後端に鋭く突き出た棘を持つのに対し、シリヤケイカの甲は後端に棘が無く滑らかに丸まっています。

属名 Sepiella の意味

属名 Sepiella は、ラテン語で「小さなコウイカ」を意味する縮小形で、コウイカ属とよく似ているが甲の形態などがやや異なる仲間として与えられた属名です。英名「spineless(棘のない)」も、この甲の後端に棘が無いことを指しています。無脊椎動物なのに「棘のない」と呼ばれる理由は、体外の棘ではなく、体内の甲の形態を指しているためです。

目・腕・触腕

頭部には大きな2つの目が並び、瞳孔はコウイカ類に共通するW字型で視野が広く、両眼で獲物との距離を正確に測ることができます。付属肢は10本あり、8本の腕と2本の触腕から構成されます。触腕は普段は袋にしまわれ、獲物までの距離になると一瞬で射出して先端の吸盤で獲物をつかみます。オスの左第4腕は交接腕(ヘクトコティルス)に変形しており、雌の外套腔へ精莢を渡す役割を担うと知られています。

生態と行動

生息と季節回遊

冬は沖60〜80m、春は沿岸へ

シリヤケイカは、季節に応じて生息水深を大きく変える回遊性の種です。冬の間は沿岸から離れた水深60〜80mの深場で越冬し、春になると産卵のために水深60m以浅の沿岸へ移動します。春〜初夏の東京湾や瀬戸内海で釣りの対象になるのは、この産卵のための沿岸回遊のタイミングにあたります。塩分・水温・溶存酸素などの環境条件に敏感で、餌の分布や気候変動にも影響を受けやすい種だと考えられています。

世代でまとまって回遊

研究では、同じ産卵場から孵化した稚仔たちがまとまった一つの群れとして沖合へ移動し、次の年の産卵まで似た経路で成長していく傾向が示されています。産卵場の環境が壊れると、その世代の群れ全体が影響を受けるという構造で、中国沿岸の乱獲がシリヤケイカを絶滅寸前まで追い込んだ背景にはこの回遊の特性がありました。海洋保護区(MPA)が沿岸の産卵場に設定されているのは、この回遊の入口を守るためです。

食性

ソデイカやアオリイカと同じく肉食性で、小魚や甲殻類、ゴカイ類などを捕食します。砂泥底に潜んで獲物を待ち、近づいた獲物に対して触腕を瞬時に射出してとらえる待ち伏せ型の狩りが基本です。夜間の活動性が高いとされ、月夜の潮位の変わり目に活発に採餌するとの観察報告があります。

産卵と急速な老化

シリヤケイカとアマモに産みつけられた卵
Totti, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

一生に一度きりの産卵

シリヤケイカは生涯に一度しか産卵しない「一回繁殖型(semelparous)」の種として知られています。産卵期は本州で3月から6月ごろにあたり、雌はアマモや海藻の茎・岩の隙間などに丸い黒褐色の卵を一粒ずつ産み付けていきます。卵は数十日で孵化し、稚仔は生まれた時からすでに小さなイカの姿をしていて、砂泥にすぐ潜る行動を示します。

シリヤケイカの交尾(頭対頭姿勢)
Liu et al. (2019) ZooKeys, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

産卵後の急速な老化

産卵を終えた個体は急速に老化して1〜2週間で死亡することが知られており、近年の研究では眼窩腺(orbital gland)が老化のスイッチとして働くと報告されています。オスは求愛のあと精莢を雌の外套腔に渡し、複数の雄と交尾する雌も観察されており、次世代の遺伝的多様性が高まる仕組みが備わっているという。1年の寿命は短いですが、その分だけ生殖への投資は激しく、頭足類らしい「太く短く」の生活史を典型的に見せてくれる種です。

釣りの対象として(関東の春の代表格)

東京湾の春の風物詩

関東では4月から6月ごろ、産卵のために東京湾内に集まってくるシリヤケイカを狙う釣りが盛んになります。川崎の東扇島西公園や横浜近郊の堤防、東京湾の乗合船などが定番のポイントで、初心者からベテランまでが集まる季節性の高い釣り物として定着しています。マダコ・アオリイカ・ケンサキイカとは違う「春のイカ釣り」として関東の海釣り文化に古くから位置づけられてきた対象です。

釣り方(エギング・ウキ・スッテ)

狙い方は主に3通りです。コウイカ用の重めのエギを底まで沈めてしゃくる「エギング」・電気ウキと餌木を組み合わせる「ウキ釣り」・船釣りで多本針のスッテ仕掛けを使う「スッテ釣り」が代表的な方法にあたります。いずれの釣り方も砂泥底を意識してエギやスッテを底近くで動かす形が中心で、シリヤケイカは中層まで浮いてくることが少ないと言われています。夜釣りや日暮れどきに活性が上がる傾向が知られており、時間帯によってヒット率が変わる釣り物として語られる存在です。

締め方と持ち帰り

釣り上げられた個体は、体色が変わったり墨や赤褐色の分泌液を出したりするため、釣り人はイカ締めピックなどで眉間を一突きして即殺する処理を行うのが一般的です。締めた個体はそのまま氷締めで持ち帰られ、調理前に真水で軽く洗って腺孔の粘液や墨を落とす扱いになります。生きた個体を海水入りの大型クーラーで持ち帰る方法もありますが、狭い容器では墨を大量に吐き出す種として知られています。

食材としてのシリヤケイカ

味と料理

身は白く厚みがあり、加熱するとふんわりと弾力が出て、コウイカ類らしいねっとりとした甘さが特徴です。刺身・寿司ネタ・天ぷら・フライ・煮付け・干物のいずれにも向き、コウイカと同等の食材として扱われます。地域によっては春の産卵期のメスに卵嚢が入り、これを丸ごと煮付けにする「子持ちシリヤケ」の一皿も知られています。

捌き方と肝焼き

調理の工程では外套膜を開いて甲を抜き取り、内臓・墨袋・目・カラストンビ・軟骨を外して皮を剥がすのが一般的な扱いです。尾側の赤褐色の腺孔はそのまま切り離される部位にあたります。肝は醤油と味噌で味付けし、フライパンや網でこんがり焼く「肝焼き」が地元の定番料理として知られ、濃厚な旨味とほのかな苦味が酒の肴に好まれるという。

アニサキスへの注意

他のイカ類と同様、シリヤケイカにもアニサキス幼虫が寄生する例が知られています。生食に供される場合、加熱調理(60℃で1分以上)または冷凍処理(−20℃で24時間以上)が推奨される扱いにあたります。特に釣り立ての個体では内臓に幼虫が付着していることがあり、内臓を早めに取り除いて身と分けて保管する扱いが定石とされています。

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参考

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