コウイカ

コウイカ・大阪の水槽個体 イカ・タコ類(頭足類)

コウイカは、日本近海の砂泥底に暮らす中型のコウイカ類です。外套膜の中に石灰質の「甲(cuttlebone)」を持つことが和名の由来で、東シナ海から関東以西の内湾に広く分布しています。市場では「マイカ」「スミイカ」「ハリイカ」「モンゴウイカ」など地域ごとに複数の呼び名を持ち、寿司ネタとしても春の代表的な食材として知られてきました。長らくコウイカ属 Sepia に分類されてきましたが、2023年の分子系統研究により Acanthosepion 属へ移されています。

スポンサーリンク

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:頭足綱 Cephalopoda
  • 目:コウイカ目 Sepiida
  • 科:コウイカ科 Sepiidae
  • 属:Acanthosepion 属
  • 種:コウイカ Acanthosepion esculentum(旧 Sepia esculenta

和名・英名

  • 和名:コウイカ(甲烏賊)/マイカ/スミイカ/ハリイカ
  • 英名:Golden cuttlefish(黄金色のコウイカ)/Japanese cuttlefish

別名と名前の由来

学名 Acanthosepion esculentum は、イギリスの動物学者ウィリアム・エヴァンス・ホイルが1885年に Sepia esculenta として記載しました。タイプ産地は日本の横浜市場で、当時の日本近海の食用イカとしてすでに広く流通していたことを示しています。長らくコウイカ属 Sepia に置かれてきましたが、2023年の分子系統研究(Lupše et al.)で Sepia 属が多系統だと分かり、本種はトラフコウイカやカミナリイカなどとともに Acanthosepion 属へ移されました。和名の「コウイカ」は体内にある石灰質の「甲」に由来します。市場では墨袋の大きさから「スミイカ」、甲の後端の鋭い棘から「ハリイカ」・地方によっては「マイカ」「モンゴウイカ」の呼び名でも扱われます。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ外套長 最大 約18cm、体重 約600g(中型のコウイカ類)
分布日本中部(関東以西)~中国大陸~東南アジア~北オーストラリア。東シナ海・南シナ海の陸棚域が中心
生息環境水深10〜100mの砂泥底。早春〜初夏は沿岸の浅場に産卵回遊
寿命約1年(産卵後に死亡・一回繁殖型)
保全状況IUCN未評価(NE)。ピーク時2万トンから2006年には7000トン水準まで漁獲量が減少

「甲」を持つイカという由来

コウイカの甲(cuttlebone)・兵庫県産の標本
Kingfiser, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

石灰質の「甲」が名前の由来

コウイカ類の最大の特徴は、外套膜の内側に体長のほぼ全長にわたる「甲(cuttlebone)」を持つことです。和名の「コウイカ(甲烏賊)」も、この甲を体内に備えていることに直接ちなんで付けられました。海岸に打ち上げられた白い甲を見つけたことのある人も多く、軽くて指で押すとぼろぼろと崩れる、独特の柔らかさを持つ石灰質の板です。

甲の形と役割

卵形の甲とU字型の内円錐

コウイカの甲は卵形で幅広く、貝殻長の3分の1から5分の2ほどの幅を持ちます。腹側から見ると内円錐(内側の縁)が丸襟のようにU字型に立ち上がる形が本種の目印で、姿の似たハリイカやミナミハリイカとの識別ポイントとされます。内部は多孔質の層で構成され、気体と少量の海水を出し入れすることで浮力を細かく調節する仕組みが備わっています。

生薬「海螵蛸(かいひょうしょう)」

中国医学では、この舟形の甲を「海螵蛸(かいひょうしょう)」と呼び、古くから生薬として用いてきました。中国最古の薬物書『神農本草経』にも「烏賊魚骨」の名で収録されており、女性の血の道の症状などに使う記述が残されています。日本国内でも同じ甲が漢方の材料として扱われ、コウイカ類の甲は薬用資源としても長い歴史を持ちます。

カミナリイカ
カミナリイカは、日本近海に住む大型のコウイカ類です。背中に並ぶ稲妻状の模様と丸い斑紋から名づけられ、市場では「モンゴウイカ」「紋甲いか」の名で寿司ネタや刺身として親しまれています。ただし現在流通している「もんごう」の多くは別種で、本来のカミ...

見た目と体のつくり

コウイカ・インドネシア モロタイ島沖の生体
Rickard Zerpe, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

外套膜の虎斑と銀帯

体形は縦に長い楕円形で、外套膜の後端は甲の棘によって円錐状にわずかに突き出ます。背側には黒褐色の帯状斑(虎斑)が横に走り、黄色の細かい顆粒状突起が散らばるのが特徴です。鰭の基部に沿って銀白色の帯(銀帯)が伸び、この帯の内側に黄色い小さな突起が断続的に並びます。腹面は蒼白色ですが、鰭基部の銀帯は腹側からも観察できる目印として知られています。英名 Golden cuttlefish(黄金色のコウイカ)は、この光沢のある黄色い斑と銀帯を合わせた印象に由来します。

腕・触腕・交接腕

付属肢は10本で、8本の腕と2本の触腕から構成されます。腕はほぼ同じ長さで、腹側の第4腕がもっとも長く、外套長の半分ほどに達します。触腕は普段は頭部のポケットに完全に収納されており、獲物までの距離になると先端の吸盤の並ぶ触腕掌部を瞬時に射出するのが特徴です。オスの左第4腕は交接腕(ヘクトコティルス)に変形しており、基部から4〜5列目までは正常な吸盤で、続く6列で吸盤が縮小し8列目以降は痕跡的になるという独特の形をとります。

生態と行動

コウイカ・日本産の生体
harum.koh (Kobe), CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

砂泥底の暮らし

コウイカは水深10〜100mの砂泥質の海底近くに暮らす底生種です。砂地の色に合わせた斑模様のカモフラージュを身にまとい、海底にじっと張り付いて過ごす時間が長いのが特徴です。早春から初夏にかけては、産卵のために沿岸の浅場へ移動し、内湾の岩石や海藻・沈木・漁網などに卵を産み付けます。神奈川県の定置網の記録では、真夏を除いてほぼ1年を通じて漁獲され、産卵期にあたる4月がピークになると報告されています。

「アテンション→アタック」の狩り

視覚に頼る三段階の狩り

コウイカ・スラウェシ島レンベ海峡の生体
Bernard DUPONT, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

コウイカの狩りは、視覚を強く使う三段階の動作で行われるとされます。まず獲物を見つけると腕を下に下げて両眼で立体視を確保する「アテンション」、次に体を獲物へまっすぐ向けて距離を測る「ポジショニング」、そして触腕を一気に射出する「アタック」の順です。獲物の注意を引きつけるため、第1腕を昆虫やエビの触角のように伸ばして「おとり」に使う行動も観察されています。狩りの対象はエビ・カニ・小魚など底生の生物が中心です。

視覚の学習能力

飼育実験では、ガラス容器に入れた餌に対してもコウイカが「アテンション→アタック」を行うことが確認されています。射出した触腕がガラスに当たって痛むと、その餌は取れないと学習し、以後は同じ状況での射出をやめるようになるとされます。頭足類らしい学習能力を備えた狩り手であることが、こうした行動からも読み取れます。

産卵と精子競争

頭対頭の交尾姿勢

産卵と交尾の前、オスは第1腕を高く掲げて雌に近づき、外套膜の虎斑や鰭基部の白線を鮮明に見せる求愛ディスプレイを行います。交接姿勢は、人間が両手の指を組み合わせるように、雌雄が腕を絡ませ合う独特の「頭対頭」の形です。この体勢を保ったまま5分ほどの交接が続き、開始から約1分半でオスから雌へ精莢が渡されるという。産卵は交接後ただちに開始され、雌は岩石や海藻、漁網などに1粒ずつ卵を産み付けていくとされます。韓国産の外套長12〜15cmの個体では、産卵数は2000〜2500粒と報告されています。

前の雄の精子を掻き出す「精子置換」

コウイカ類では、雌の口の周りの膜(囲口膜)にあるポケット1か所に、複数のオスが順番に精莢を渡します。すでに他のオスから受け取っている場合、後から交尾するオスは腕の反口側にある吸盤の角質環でその精莢を掻き出し、自分の精莢と入れ替える「精子置換」の行動を行うことが知られています。本種では30秒から1分半ほどかけて前のオスの精子塊が除去されると観察されており、頭足類の精子競争を象徴する行動として研究対象になってきました。

「マイカ」「モンゴウ」など多すぎる商品名

愛媛県八幡浜市の市場で「モンゴウイカ」の名で売られるコウイカ
Kingfiser, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

市場での様々な呼び名

コウイカは地域や市場によって呼び名が大きく変わる種です。関東では単に「コウイカ」もしくは「スミイカ」(墨袋が大きい)と呼ばれ、瀬戸内海沿岸では「マイカ(真烏賊)」、愛媛県八幡浜市の市場では「モンゴウイカ」の名で並べられることも多いと報告されています。「モンゴウイカ」は本来カミナリイカ Acanthosepion lycidas を指す市場名ですが、大型のコウイカ類が地域によっては同じ呼び名で扱われる例が現在も残っています。

ハリイカ・シャムコウイカとの混同

市場では、姿の似た近縁種と混同されることもたびたびあります。ハリイカ Decorisepia madokai は外套長約8cmと小さめで、甲の内円錐が逆V字型になる点でコウイカと区別されます。シャムコウイカやミナミハリイカも、触腕の吸盤の列数や交接腕の吸盤の並び、内円錐の色などで識別されるとされます。姿は似ていても甲の形と大きさを比べれば、コウイカかどうかは比較的容易に見分けが付きます。

食材・漁業として

まな板の上に置かれたコウイカ
サフィル, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

4〜5月が旬・食味の良さ

コウイカの旬は4〜5月で、産卵のために沿岸に集まる時期に多く水揚げされます。肉は分厚く歯ごたえがあり、加熱するとふんわりと弾力が出て、コウイカ類らしい澄んだ甘さが感じられます。刺身・寿司ネタ・煮物・塩焼き・付焼き・ウニ焼きなど和食のさまざまな用途に向き、小さめの個体は加工用に冷凍されて流通するのが一般的です。アニサキスの寄生率は他のイカ類に比べて低いと報告されていますが、生食する場合は目視での確認や冷凍処理が推奨される扱いになります。

東シナ海の重要漁業資源

コウイカは日本・韓国・中国にとって水産上非常に重要な種で、東シナ海の陸棚域で漁獲されるコウイカ類の主役に位置づけられてきました。日本では底曳網・桝網・刺し網・いかかご・釣りなど多様な漁法で獲られ、なかでも産卵期の大型個体を選択的に狙う「いかかご漁」は、島原湾などで産業的にもっとも重要とされます。しかし全漁法を合計した日本の年間漁獲量は、ピーク時の2万トン超から2006年には7000トン水準まで落ち込んでおり、底魚資源の悪化や漁場競争の激化が背景にあると考えられます。遊泳性のスルメイカやヤリイカとは異なり、コウイカ類は漁獲可能量制限(TAC)の対象外となっているため、資源管理の枠組みづくりが今後の課題として語られています。

関連ページ

イカ【総合】
イカは、タコと並ぶ頭足類の代表グループです。細長い胴の後端に三角形のひれを持ち、8本の腕と2本の触腕でエビや小魚を捕らえます。日本近海だけで50種以上が知られ、深海の巨大種から沿岸の小型種、発光や色変化で名高い種まで多様な暮らしぶりが見られ...

参考

画像出典

タイトルとURLをコピーしました