ハシブトガラス

鳥類

ハシブトガラスは、太く盛り上がった嘴と段のある額が特徴の大型のカラスです。もとは森林性の鳥ですが、20世紀後半以降に日本の都市部へ急速に進出し、東京圏では在来のハシボソガラスを凌ぐほど個体数を増やしました。ハシボソガラスと比べて肉食傾向が強く、群れでスズメを狩る例や貯食行動が観察されています。遊びと見られる行動・雪浴や蟻浴といった多彩な入浴法など、道具的な知能と行動レパートリーの広さで知られる種でもあります。日本には4亜種が分布し、南西諸島には固有色の強い島嶼亜種も含まれます。カラス全体の概要はカラス【総合】、姉妹種の詳しい記事はハシボソガラスの記事にまとめられています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:鳥綱 Aves
  • 目:スズメ目 Passeriformes
  • 科:カラス科 Corvidae
  • 属:カラス属 Corvus
  • 種:ハシブトガラス Corvus macrorhynchos

和名・英名

  • 和名:ハシブトガラス(嘴太烏)
  • 英名:Large-billed crow(別名:Jungle crow)

名前の由来と地方名

和名の「嘴太烏(はしぶとがらす)」は、姉妹種のハシボソガラスと比べて嘴が太く強靭な形をしていることに由来します。学名の種小名macrorhynchosもギリシャ語で「大きな嘴」を意味し、和名と英名 Large-billed crow がそろって嘴の太さに注目した命名になっています。江戸時代の『大和本草』にはすでに「ハシブト」の名が確認でき、それなりに歴史のある呼び名です。地方名には「ヤマガラス」「ミヤマカラス」「クソガラス」などがあり、山地や深山を好んで営巣した本種の性質や、農地に撒かれた人糞まで食べる悪食ぶりに由来するとされます。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ全長 約57cm/翼長 33〜38cm/嘴峰 約60mm(ハシボソより大きい)
分布東アジア〜東南アジア・ヒマラヤ周辺。日本では小笠原諸島を除く全国の低地〜山地に留鳥として広く分布
生息環境本来は森林性。近年は市街地から農村・山地まで広く適応。本州中部での垂直分布の限界は概ね2,500m前後
食性雑食。ハシボソガラスより肉食傾向が強い。木の実・昆虫・鳥卵・小動物・人間の残飯
繁殖晩春〜初夏に樹上5〜20mへ営巣/卵4個前後/抱卵は雌のみで約3週間/巣立ち約1か月
寿命飼育下で20年前後の記録あり/野生の平均はそれより短い
保全状況IUCN:LC(軽度懸念、2024年)/推定個体数は減少傾向

姿と体のつくり

全長57cmと紫色の金属光沢

ハシブトガラスの全身
Tisha Mukherjee, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

全長は約57cmで、日本のカラス2種の中では明らかに大型の部類に入ります。体色は全体的に黒色ですが、翼を中心に紫色の金属光沢が目立ち、光の角度によって青や紫に輝きます。雌雄同色で外見での区別はできません。嘴峰(嘴の長さ)は約60mmで、和名のとおり姉妹種のハシボソガラスより太く強靭な作りになっています。

太い嘴と盛り上がった額

太い嘴と盛り上がった額
Tisha Mukherjee, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ハシブトガラスの識別で最も分かりやすいのが、太くて上への曲がりが急な嘴と、段になって盛り上がった額のシルエットです。嘴の付け根から頭頂にかけて急な段差ができ、横から見ると額が「おでこ」のように前方へ突き出して見えます。この形はハシボソガラスのなだらかな額とはっきり対照的で、遠くからでも慣れれば判別できる特徴とされます。

発声器官が大きく低音の声

体格の大きさは声にも表れます。ハシブトガラスの鳴管や気管はハシボソガラスより大きく、鳴き声は全体的に低音で澄んで響きます。同じ「カー」でも、本種の声はハシボソの「ガー」に比べて音の粒が明瞭で、機械での録音でも周囲の雑音に負けにくいとされます。日本鳥類大図鑑の記述でも「ハシボソガラスの鳴き声はハシブトより濁っている」という対比で紹介されています。

ハシボソガラスとの詳しい違い

日本の在来カラス2種の見分けは、嘴の形・額の段・大きさ・鳴き声・食性の5点でおおむね把握できます。ハシボソガラスとの主な違いを表にまとめます。

観点ハシブトガラスハシボソガラス
嘴の形太く、上への曲がりが急細く、曲がりが弱い
段になって盛り上がる平らでなだらか
大きさ全長 約57cm全長 約50cm
鳴き声澄んだ「カーカー」低音濁った「ガーガー」
食性の傾向肉食寄りの雑食植物質寄りの雑食
好む環境森林起源、都市部にも進出河川敷・農地・海岸など開けた土地

胃の構造にも表れる肉食性

両種の食性の違いは、目に見える体の作りにも反映されています。ハシボソガラスは筋胃(砂嚢)の筋繊維が相対的に厚く、硬い植物種子をすりつぶすのに向いた構造とされます。一方のハシブトガラスは筋胃の筋繊維が薄めで、嘴の強さや舌の微細構造も肉食種に近い特徴を示すことが日本鳥学会誌の比較解剖研究で報告されました。「見た目が似た2種でも中身は違う」を象徴する事例です。

交雑はごくまれ

同属で見た目のよく似た2種ですが、日本国内での野外雑種の報告はごくまれです。繁殖行動・鳴き声・営巣場所の選好性が異なることで生殖的な隔離が保たれており、共存地域でも両種は独立した集団として繁殖しています。飼育下で人工的に交配させた研究例は限られており、両種の遺伝的な近縁性そのものは高くありません(分子系統ではハシボソガラスの姉妹種はクビワガラスとされます)。

都市化で東京近郊は本種が優勢

もう一つ大きな違いが、都市部での勢力です。もともと森林性のハシブトガラスは、20世紀後半以降に東京近郊などの都市部へ進出し、生ごみや街路樹の営巣場所を利用して個体数を急増させました。ハシボソガラスは元から人里の農地や河川敷が主な生息地で、都市部にはあまり進出しません。東京圏では現在、ハシブトが圧倒的に優勢な種と評価されます。ただし都市によって両種の比率は異なり、名古屋市や盛岡市などの調査ではハシボソが多い地域もあると報告されています。

知能と遊び ―多彩な行動レパートリー

知能は5〜7歳児クラス

ハシブトガラスは知能の高さで知られるカラスの中でも、行動レパートリーの豊富さで研究者に注目されてきました。カラス属を対象とした認知課題の研究では、一部の課題で幼児並みの成績を示した事例が報告されており、道具的知能を持つ鳥として位置づけられています。木の枝にジャンプで届くかどうかを何度も繰り返す、生存とは直接関係のない「遊び」と見なされる行動も観察例があります。

多彩な入浴法

雪浴・蟻浴・煙浴・薬浴

本種は水浴び以外にも多彩な「浴び方」を実践する種として知られます。確認されている代表的な例には次のようなものがあります。

  • 雪浴:雪を体になすりつける
  • 蟻浴:羽毛の間にアリを歩かせて蟻酸を利用する
  • 煙浴:銭湯などの煙を浴びる
  • 薬浴:粉洗剤にまみれる

いずれも体表の寄生虫(ハジラミなど)を落とす行動と関連していると考えられており、鳥類の行動学でも他の分類群と比較される事例です。

ストレスに敏感な繊細さ

賢さと同時に、ハシブトガラスはストレスに繊細な種でもあります。人間に捕獲されるなどの興奮時には心拍数が大きく上昇し、安静時に戻るまで約90分を要すると報告されています。同じ場面でハシボソガラスの回復は約50分で、本種の方が回復が遅く感受性が高いことになります。飼育下でストレスを受けると自ら羽毛を引き抜く自傷行動が現れることもあります。

食性 ―肉食寄りの雑食

死んだ魚を食べるハシブトガラス
Tisha Mukherjee, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

群れでスズメを狩る観察例

ハシブトガラスの食性は雑食ですが、木の実・果実に加えて、鳥類の卵や雛・小動物・人間の残飯まで幅広く利用します。ハシボソガラスと比べて動物質の割合が高い傾向があり、山形県で行われたペリット分析でもこの肉食傾向が支持されています。神奈川県の観察例では、群れでスズメを協力的に襲って捕食する行動まで報告されました。ほかの鳥類の巣に飛来して卵や雛を狙う場面もしばしば観察され、繁殖期の他鳥にとっては警戒対象になります。

常緑針葉樹の樹冠に隠す貯食

食べ切れなかった餌を隠して保存する「貯食」も本種の特徴です。神奈川県での観察では、貯食場所として常緑針葉樹の樹冠部が選ばれる例が多く記録されました。地面より高く、他の動物から発見されにくい場所を選ぶ知的な選択と読み取れます。カラス属の貯食は北方のワタリガラス系でよく研究されてきましたが、本種の樹上貯食もその研究系譜に連なる行動として関心を集めています。

繁殖 ―樹上5〜20mの巣

樹木の高い位置に営巣

目立たない場所を好む

ハシブトガラスは樹上営巣型で、地上から5〜20m程度の高さに巣を作ります。ハシボソガラスに比べて樹高・樹種・林縁からの距離に敏感で、目立たない場所を選ぶ傾向が強いとされます。都市部では大きな公園や神社仏閣の鎮守の森、電柱の上などが営巣場所として使われます。巣は枯枝を集めたお椀状の形で、ハシボソの巣と形態的にほぼ同じため、巣だけを見て両種を見分けるのは困難とされます。

抱卵は雌のみ、約3週間

1つの巣への産卵は4個前後で、抱卵は雌のみが行い、期間は19〜20日(約3週間)とされます。抱卵中のメスにオスが餌を運び、両親で分担して繁殖を進めます。卵は白色でまだら模様が入り、長径42〜49mm・短径28〜33mm・重量約20gの大きさです。

家族群と独立まで3年

巣立ち後4か月の家族群

雛は孵化から約1か月で巣立ち、その後およそ4か月間は家族群として親と行動します。この間に若鳥は餌の見つけ方や社会的なコミュニケーションを学びます。独立が近づくと親鳥は幼鳥を激しく牽制威嚇し、若鳥は家族群を離れて他の若鳥の群れへ加わっていきます。

若鳥は3年間群れ暮らし

独立した若鳥は約3年間にわたって同世代の群れで行動し、その間に伴侶を見つけてペアを形成し、縄張りを構えます。繁殖期以外の集団ねぐらでは、こうした若鳥中心の群れが主体になります。3年という長い若鳥期は、大型で長寿な鳥類に共通する社会性の学習期間として位置づけられています。

天敵

成鳥のハシブトガラスは体格と気の荒さから捕食圧が低い種ですが、卵や雛の段階では複数の天敵に狙われます。オオタカやハヤブサなどの猛禽類は成鳥を狙う場面が報告されており、フクロウ類は夜間のねぐらを襲うことがあります。樹上の巣の卵や雛は、木登りが得意なアオダイショウなどのヘビ類・テンやイタチなどの中型食肉類・ハシブトガラス同士や他の大型鳥による共食い的捕食までもが記録されています。本種自身が他鳥の巣や雛を襲う立場でもあり、繁殖期の中小型鳥にとってはモビング(集団追い立て)の対象になります。

亜種 ―日本の4亜種と南方分布

ハシブトガラスは全体で8亜種前後に分かれるとされ(分類により数は6〜9程度で揺れます)、そのうち日本には4亜種が分布します。姉妹種のハシボソガラスがユーラシア北部に広がる北方系の種であるのに対し、本種は東南アジアまで分布を広げる南方系の色合いを持つ種とされます。分布はフィリピン諸島・スンダ列島にまで達しますが、オーストラリア区へは進出していません。

本州の基亜種と南方の島嶼亜種

森林環境のハシブトガラス
Tisha Mukherjee, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

日本産の4亜種は、分布と体格で棲み分けています。

  • ハシブトガラス C. m. japonensis:樺太・千島列島から九州まで
  • チョウセンハシブトガラス C. m. mandshuricus:満州〜朝鮮半島・対馬。やや小型
  • リュウキュウハシブトガラス C. m. connectens:奄美群島以南の南西諸島。やや小型
  • オサハシブトガラス C. m. osai:石垣島・西表島など八重山諸島固有。もっとも小型

南に分布する亜種ほど小型化する傾向があり、島ごとに微妙に異なる色型を持ちます。石垣島などで見られるオサハシブトガラスは日本産で最も小さい亜種で、島嶼固有の分化例として注目されています。

都市への進出と人との関わり

4色型色覚を利用したゴミ袋対策

都市部で本種が問題視される主要な場面がゴミの散乱です。鳥類に共通する4色型色覚を持つ本種は、人間には見えない紫外線領域を認識できます。この特性を逆手にとった対策として、宇都宮大学農学部の杉田昭栄教授と大倉工業などが紫外線を遮断する特殊顔料入りの黄色いポリエチレン製ゴミ袋を開発しました。カラスからは中身が見えず、大分県臼杵市や東京都杉並区で試験的に導入されています。

繁殖期の攻撃と対策

晩春から初夏の繁殖期には、営巣木に近づく人間を執拗に攻撃することがあります。頭部を狙って後方から急降下する行動が典型的で、公園を歩いている最中に襲われる事例が毎年報告されています。攻撃対象になった場合は、両手を頭上に伸ばして体を大きく見せる姿勢や、傘を広げてかざす方法で被害を減らせるとされます。ゴミ荒らしや停電を招く電柱営巣とあわせ、都市におけるカラス問題の中心種の一つとなっています。

都市の個体は郊外より小さい

都市環境が本種にとって完全に有利なわけではないことも、近年の研究で示唆されています。吉原ら(2016)の東京都心と郊外の比較調査では、都心で捕獲された個体は郊外の個体よりも体が小さく、雌でこの差が顕著に出るとの結果が示されました。松田(2005)の六義園での観察では、本種の死骸は春にとくに多く見つかり、餌不足が背景ではないかと推測されています。都市に大量の個体が集中する一方で、質的には郊外の個体群より不利な条件が重なっている可能性があります。

保全状況

IUCNレッドリストでは2024年時点でLC(軽度懸念)とされ、種として広い分布と多い個体数を維持しています。ただし推定生息数は減少傾向にあるとの記載もあり、都市部の個体数増加は種全体の趨勢とは切り離して見る必要があります。日本の環境省レッドリスト(第4次改訂版)では記載がなく、都道府県レベルでも絶滅危惧種等への指定はありません。狩猟鳥獣として指定されており、免許を得た狩猟者による適法な捕獲は継続しています。

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画像出典

参考

  • BirdLife International 2024. Corvus macrorhynchos. IUCN Red List(LC評価)
  • 徐章拓・竹田努・青山真人・杉田昭栄「ハシブトガラスとハシボソガラスの腺胃および筋胃の比較形態」『日本鳥学会誌』63(2)(2014年)289-296頁(食性差の解剖学的裏付け)
  • 塚原直樹・小池雄一郎・青山真人・杉田昭栄「ハシボソガラスとハシブトガラスの鳴き声と発声器官の相異」『日本鳥学会誌』56(2)(2007年)163-169頁(発声器官の比較)
  • 水野歩・丸山温・相馬雅代「ハシブトガラスの貯食行動における貯食場所の選好性」『日本鳥学会誌』68(1)(2019年)67-71頁(樹冠での貯食)
  • 白井正樹ほか「ハシボソガラスおよびハシブトガラスの保定に対する心拍応答」『ペストロジー』37(2)(2022年)83-86頁(ストレス応答の種差)
  • 松原始『カラスの教科書』雷鳥社、2012年(ISBN 978-4-8441-3634-7、都市適応と行動)
  • Wikipedia “Large-billed crow”(分布・亜種構成)
  • ウィキペディア「ハシブトガラス」(8亜種・都市進出・呼称)
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