カジカガエルは、本州から九州の山地の渓流で暮らす日本固有のカエルです。オスは春から夏の夕方になると石の上で鳴き、その声がシカに似ることから「河鹿」の名がつきました。1996年に環境庁が選んだ「残したい日本の音風景100選」にも、この声を含む場所が2つ入りました。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:両生綱 Amphibia
- 目:無尾目 Anura
- 科:アオガエル科 Rhacophoridae
- 亜科:カジカガエル亜科 Buergeriinae
- 属:カジカガエル属 Buergeria
- 種:カジカガエル Buergeria buergeri
和名・英名
- 和名:カジカガエル(河鹿蛙・金襖子)
- 英名:Kajika frog
別名・学名の由来
この種に学名をつけたのは、オランダの動物学者テミンクとシュレーゲルです。1838年当時の名は Hyla bürgeri でした。由来はハインリヒ・ビュルゲルとされます。シーボルトの助手として長崎の出島で働き、1828年にシーボルトが帰国したあと日本の動植物標本を託された人物です。
ビュルゲルは1829年に日本を離れ、ジャワを経由してそれらの標本をヨーロッパへ送りました。のちにこのカエルは属ごと Buergeria として独立し、属名と種小名の両方に同じ姓が残ります。アオガエル科のなかでもこの属だけは別の亜科に置かれ、遺伝子の解析でも、アオガエル科のなかで最も早く分かれた一群と位置づけられています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体長 オス3.5〜4.4cm/メス4.9〜8.5cm |
|---|---|
| 分布 | 本州・四国・九州・五島列島(日本固有種) |
| 生息環境 | 山地の渓流と湖、その周辺の森林 |
| 食べ物 | 成体は昆虫・クモ/オタマジャクシは藻類 |
| 繁殖 | オスが鳴くのは4〜7月。産卵は4〜8月で約500個。卵は約2週間で孵化 |
| 保全状況 | IUCN: LC(軽度懸念)。環境省レッドリストには非掲載だが、20以上の都府県が独自に指定 |
オス4cm前後、メスは8.5cmに達する体格差

アオガエル科の多くと同じく、この種もメスのほうが大きく育ちます。オスの体長は3.5cmから4.4cm、メスは4.9cmから8.5cmです。大きなメスは500円玉を3枚並べた長さに近づきます。上の写真で抱きついている小さいほうがオスに当たります。
岩のすきまに入る扁平な体
体は上から押しつぶしたように平たく、この形が岩のすきまへ入りこむのに向いています。体色は灰褐色で、濡れた岩の上では輪郭が沈んで見えます。
両目の間に入る丁字状の模様
見分けの手がかりになるのは両目の間に入る暗色の模様です。漢字の「丁」の字に似た形をしており、正面や斜め上から見ると分かります。個体ごとの色の違いはあまり大きくありません。
指先の吸盤と、ある程度変えられる体色
指とあしゆびの先には吸盤が発達しています。濡れた岩の上を移動したり、垂直に近い面にとまったりできるのはこのためです。体色の濃さは環境に応じてある程度変えられますが、アマガエルのように緑へ転じることはありません。
4月から7月、夕方から明け方に鳴くオス
オスが鳴くのは4月から7月にかけてです。この時期のオスは水辺の石の上に縄張りを作り、そこで声を出します。聞かれるのは夕方から明け方までで、日中の渓流はほとんど静かです。
石の上に縄張りを作るオス
縄張りに使われるのは流れのそばに顔を出した石です。オスはそこに陣取り、メスを呼ぶ声を出し続けます。鳴くのはオスだけで、メスが同じ声を出すという記録は見当たりません。
「河鹿」という名の由来
和名の「河鹿」は、この鳴き声が雄ジカの声に似ていることから来ています。清流の歌姫と呼ばれることもありますが、実際に声を出しているのはオスです。
夏の季語としての河鹿
「河鹿」は俳句で夏の季語として扱われ、初夏から晩夏までの三夏に分類されます。和歌の題材にも古くから取り上げられてきました。とくに美しく鳴く個体を「河鹿」と呼んで讃える言い方も残っています。
急流で岩に貼りつくオタマジャクシ
吸盤になった大きな口
オタマジャクシの口のまわりは大きく広がり、吸盤のはたらきをします。これで水中の岩に貼りつき、急な流れでも位置を保てます。岩に付いた藻類がそのまま餌になるので、貼りついた場所で食事もすませます。
500個の卵と、直径5cmの卵塊
産卵はもう少し長く、4月から8月まで続きます。メスは水中の石の下などに、およそ500個の卵を数回に分けて産みます。卵そのものは直径0.2cmほどの暗褐色で、まとまった卵塊は直径5cmほどの球になります。
石の下に産むことで、卵は流れから守られます。孵化までにかかる期間はおよそ2週間です。
山地の渓流と、そのまわりの森

渓流を中心に、湖や周辺の森まで
生息場所は山地の渓流を中心に、湖やその周辺の森林にも及びます。分布は本州・四国・九州と五島列島に限られ、北海道と南西諸島にはいません。
成体は昆虫とクモ、子は藻類
成体が食べるのは昆虫やクモです。オタマジャクシは岩に付いた藻類をかじって育つので、親と子で食べるものが入れ替わります。
アマガエルやツチガエルとの見分け
生息場所による絞りこみ
山地の渓流で、流れのそばの石の上にいるカエル。この条件に当てはまる時点で、水田や庭でおなじみのニホンアマガエルやツチガエルとは離れます。どちらも平地の池や水田といった流れのない水辺を中心に暮らすためです。
平たい体と、丁字模様の有無
体つきにも違いが出ます。カジカガエルは平たく、背中側は灰褐色のままです。緑色に変われるのがニホンアマガエルで、こちらは鼻先から目を通って鼓膜まで黒い帯が入ります。決め手になるのが両目の間の丁字模様です。
夕方から続く鳴き声
繁殖期であれば声が確かな手がかりになります。渓流沿いで夕方から鳴き声が続いていれば、本種の可能性が高くなります。
音風景100選に選ばれた2つの川
環境省(当時の環境庁)は1996年、「残したい日本の音風景100選」を選定しました。全国から公募し、地域のシンボルとして残したい音の環境を100件選んだものです。このうち2件がカジカガエルの声を含んでいます。
広瀬川と三徳川
- 14番:広瀬川のカジカガエルと野鳥(宮城県仙台市)
- 71番:三徳川のせせらぎとカジカガエル(鳥取県三朝町)
100件のうち2件をこのカエルが占めています。広瀬川は仙台の市街地を流れる川です。
和歌の題材と、江戸の河鹿籠
声を愛でる習慣は古く、和歌にもたびたび詠まれてきました。江戸時代になると、鳴き声を楽しむための飼育が広まります。そのとき使われたのが河鹿籠と呼ばれる専用の籠でした。
天然記念物なのは種ではなく「生息地」

カジカガエルは国の天然記念物に関わりますが、指定されているのは種ではありません。特定の場所が「生息地」として指定されています。同じ天然記念物でも、種そのものを指定するオオサンショウウオなどとは形が違います。
南桑と湯原、2か所の指定
- 1936年指定:南桑カジカガエル生息地(山口県岩国市・錦川中流域)
- 1944年指定:湯原カジカガエル生息地(岡山県真庭市)
指定された区域で現状を変える行為には許可が要ります。守る対象はカエル1匹ではなく、川と岩と森を含む環境そのものです。
20都府県以上が独自に指定
全国での評価と、地域ごとの評価は食い違っています。
国の評価はLC、掲載もなし
IUCNレッドリストでの評価は2021年時点でLC(軽度懸念)です。環境省の第四次レッドリストにも掲載されていません。
東京都は絶滅危惧II類
都道府県ごとのレッドリストを見ると、東北から九州まで20以上の都府県が何らかの指定をしています。最も厳しいのは東京都の絶滅危惧II類で、ほかの府県では準絶滅危惧としている例が多く見られます。
※ IUCNレッドリストとは、世界の野生生物の絶滅リスクを評価した国際的なリストです。日本国内の状況は環境省や都道府県が別に評価しています。
飼育の歴史と、いまの扱い
河鹿籠から続く飼育
江戸時代の河鹿籠が示すとおり、この種には長い飼育の歴史があります。現在もペットとして飼われることがあります。ただし渓流の水温と流れを再現する必要があり、平地の池で暮らすカエルと同じようには扱えません。
採集の前に必要な確認
採集を考えるなら、その地域の扱いを先に確かめることが要ります。天然記念物に指定された生息地では現状変更に許可が要ります。都道府県のレッドリストに載る地域では、保護の対象とされていることがあります。
関連ページ



参考
- Wikipedia「カジカガエル」(形態・生態・天然記念物の生息地指定・都道府県レッドリストの状況)
- Wikipedia(英語版)「Kajika frog」(記載者テミンクとシュレーゲル・1838年・旧名 Hyla bürgeri)
- 「日本の音風景100選」一覧(14番 広瀬川/71番 三徳川の該当を確認)
- Wikipedia「ハインリヒ・ビュルゲル」(学名の由来となった人物の経歴・標本の送付)


