パタスモンキーは、アフリカのサバンナに暮らす体重10kgほどの中型のサルです。学名は Erythrocebus patas。オナガザル科パタスモンキー属に分類されます。赤茶色の体毛と白い顔、他のサルよりずっと長い四肢が目印です。
最大の特徴は走る速さです。地面での走行速度は時速55kmに達し、霊長類の中では群を抜いた俊足として知られています。樹上ではなく地面で暮らすサルという珍しい選択と、その走力を軸に、本種の姿を紹介していきます。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:サル目 Primates(霊長目)
- 亜目:直鼻猿亜目 Haplorhini
- 下目:真猿下目 Simiiformes
- 科:オナガザル科 Cercopithecidae
- 亜科:オナガザル亜科 Cercopithecinae
- 属:パタスモンキー属 Erythrocebus
- 種:パタスモンキー Erythrocebus patas
和名・英名・別名
- 和名:パタスモンキー
- 別名:アカザル/フサールモンキー/サバンナモンキー
- 英名:Patas Monkey/Hussar Monkey/Wadi Monkey/Red Guenon
- フランス語名:Singe rouge(赤いサル)/Patas
属分類の変遷
Cercopithecus属からの独立
かつては他のグエノン類と同じCercopithecus属に含められていました。姿・行動・遺伝子の違いが明らかになるにつれ、独立したErythrocebus属として扱われるようになった経緯があります。近年は東部亜種(pyrrhonotus・ホワイトノーズパタス)を別種とする案も出ていますが、まだ議論の途中です。
名前の由来
- 属名 Erythrocebus:ギリシャ語で「赤い(erythros)+サル(kebos)」。赤茶色の体色を表した名前です。
- 種小名 patas:セネガル・ガンビアの現地語で本種を指す “patas” が学名になったものです。
- 別名「Hussar Monkey(フサールモンキー)」:ヨーロッパの軽騎兵「フサール」の華麗な赤い制服を、本種の赤い毛が思わせることからついた愛称。
- 「Wadi Monkey」:アラビア語で「乾いた川床」を指す “wadi” から。乾燥地帯を好む生息環境が反映されています。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 頭胴長:オス60〜75cm・メス48〜55cm/尾長:60〜75cm(体長と同程度)/体重:オス10〜13kg・メス4〜7kg/オスがメスの約2倍と顕著な性的二型 |
|---|---|
| 体色 | 背中〜四肢外側:明るい赤褐色〜オレンジ/腹側・四肢内側:白色〜クリーム/顔:白色を基調に個体差/頭頂:赤褐色/目の周辺:黒色の眉状 |
| 身体特徴 | 長い四肢(サル類として例外的な長さ)/細長い胴体/小さめの手足(走行に適応)/短くない尾(バランス用)/オスの陰嚢が鮮やかな青色 |
| 分布 | サブサハラアフリカのサバンナ帯/西:セネガル・ガンビア/東:エチオピア・ケニア・タンザニア北部/南:カメルーン・チャド/サハラ砂漠のすぐ南側に細長く分布 |
| 生息環境 | 開けた草原・低木の点在するサバンナ・ギャラリー林の縁・時に半乾燥地帯/樹木の少ない環境を好む/地上性が強く樹上使用は限定的 |
| 食性 | 雑食性/アカシア類の花・実・葉・種子(乾季の主食)/昆虫(バッタ・シロアリなど)・果実・小型脊椎動物・卵/季節変動が大きい |
| 繁殖 | 繁殖期:主に6〜9月(雨季)/妊娠期間:約167日/通常1頭出産/授乳期間:約4〜6か月/性成熟:メス3年・オス4〜5年 |
| 寿命 | 野生:推定15〜18年/飼育下:20〜24年 |
| 保全状況 | IUCN:準絶滅危惧(NT・2019年〜再指定)/CITES附属書II/個体数減少傾向・生息地縮小と狩猟圧が主要脅威 |

地上最速のサル
時速55kmの走行能力
イヌ並みのスピードで駆け抜ける
アフリカのサバンナを、赤茶色の姿が全力疾走で駆け抜けていきます。パタスモンキーの最高走行速度は時速55kmに達し、中型犬・キツネ・ハイエナと並ぶ霊長類離れした俊足を発揮します。他のサルが枝から枝へ飛び移って移動する中、本種は地面を走ることで生き延びる方向を選びました。
グレイハウンドのような体つき
この速さを支えるのが、他のサルよりずっと長い脚です。細長い胴と長い四肢は、一歩の距離を大きく取れる走行向けに組み立てられています。同じアフリカに暮らすチンパンジーやヒヒと比べても脚の長さは際立ち、「サル版のグレイハウンド」と称される体つきをしています。
散らばって逃げる戦術
ヒョウやジャッカルを見つけると、群れは一斉に四方へ散らばります。追う側から見れば、標的が急に多方向へ分裂する形となります。地面に伏せる「フリーズ」と全力ダッシュを織り交ぜて、開けた草原で見つかりにくくなるのが本種の戦い方です。木の上へ逃げられない環境だからこそ生まれた工夫といえます。

サバンナへの体の適応
樹上を捨てたサル
1日のほとんどを地面で過ごす
朝起きて地面に降りて採食し、夕方まで草原を歩き回ります。パタスモンキーの1日はほぼ地上で完結する形です。地面のバッタを追いかけ、落ちた実をひろい、数kmを歩きながら食物を集めます。木に登るのは夜のねぐらに戻るときくらいで、オナガザル科のサルとしてはかなり異例の生き方といえます。
走るために軽くなった手足
本種の手足は他のサルよりも小さく細身です。同じアフリカのヒヒが持つ頑丈で力強い手足とは対照的な形をしています。走る負担を減らすため、手足はできるだけ軽く作られており、1日に数kmを移動しても疲れない持久力も併せ持ちます。
オスの青い陰嚢
成獣オスの陰嚢は、はっとするような鮮やかな青色をしています。繁殖の状態や群れでの立場を示す信号として機能しているとされます。この青は色素ではなく、コラーゲン繊維が光を散らして出す「構造色」で、マンドリルの顔の青や鳥の羽の青と同じ物理現象です。

群れ社会と繁殖
1頭のオスと大勢のメス
ワンオス多メスの家族群
群れの基本は、1頭の成獣オスと10〜30頭のメス・子供たちで成り立ちます。この形はマンドリルなどでも見られるハーレム型社会です。オスが1頭に限られる傾向は本種で特に強く、群れに入れなかった若いオスは独身オスだけの別の群れを作ります。
繁殖期は入り乱れる
雨季の6〜9月、繁殖期が来ると事情は一変します。周辺の独身オスが群れに侵入し、優位オスと激しく争います。この時期は一時的に複数のオスが群れに混じり、リーダー交代が起きることも珍しくありません。安定期と繁殖期の落差が大きいのも本種の社会の特徴です。
血縁でつながるメスたち
群れの中でメスたちは、母から娘へ、姉から妹へと血のつながりで結ばれた集団を作ります。オスは繁殖期に群れを離れる分散型ですが、メスは生まれた群れに残り続けます。世代を越えたメスの絆が群れの核となり、多くのオナガザル科と共通する構造です。

アカシアと季節への適応
乾季を支えるアカシアの木
花・実・種子が主食
雨がほとんど降らない乾季のサバンナで、頼りになるのがアカシアの木です。花・実・種子・葉・樹脂まで、本種はアカシアをまるごと食料にします。特に花は乾季にも咲き続けるため、本種の分布はアカシアの分布と重なる傾向が指摘されています。マメ科の樹木で栄養価が高い点も、厳しい季節を乗り切る鍵となっています。
雨季には昆虫食が増える
雨が戻ってくると、地面ではバッタやシロアリが動き出します。この時期の食事はタンパク源の昆虫食が中心。特にシロアリ塚を掘り起こして食べる姿は、乾季との食性差を示す典型的な行動です。季節ごとに食物を切り替える柔軟性が、変わりやすいサバンナ環境で生き延びる強みです。
水の少ない環境で生きる
本種が暮らすのは、年間降水量の少ない半乾燥地帯を含みます。乾季には数週間、飲み水にたどりつけない場合も。食物に含まれる水分(アカシアの花・実・昆虫の体液)で日々の水分を補うと考えられています。朝露を舐めたり、地下水を求めて地面を掘ったりする行動も観察されています。

個体数減少と保全
2019年に「準絶滅危惧」へ
LCからNTへ格上げ
IUCNレッドリストでは長年「軽度懸念(LC)」だった本種ですが、2019年に「準絶滅危惧(NT)」へ格上げされました。理由は、生息地の縮小と狩猟圧の増大で個体数の減少傾向が明らかになったこと。今後さらに減れば、「絶滅危惧II類(VU)」への格上げも視野に入るとされます。
減少の要因
減少の主な原因は次のとおりです。
- 農地開拓によるサバンナ環境の縮小
- アカシア類の伐採(薪炭材・木材利用)
- ブッシュミートとしての狩猟
- ペット取引目的の子供の捕獲
- 気候変動によるサバンナの乾燥化
とくにアカシア類の伐採は主食を直接失わせるため、影響が深刻とされます。国立公園(ウガンダのMurchison Falls・ケニアのLaikipia・セネガルのNiokolo-Kobaなど)では比較的個体数が維持されている一方、保護区の外では減少速度が速いのが現状です。
日本の動物園
日本国内でも複数の動物園でパタスモンキーが飼育されています。地面での活動が中心の種類のため、飼育には広い放飼場と隠れ場所の両方が必要とされます。「走るサル」の本来の姿を目にする機会は限られますが、機敏な動きと赤茶色の体は動物園でも高い人気を集めています。

Erythrocebus属と近縁種
属内の種構成
長らくパタスモンキー属は本種1種だけとされてきました。2010年代以降の遺伝解析で、東部集団を別種とする案が出て、今はおおむね2〜3種構成として認識されています。
| 学名 | 和名/英名 | 分布・特徴 |
|---|---|---|
| Erythrocebus patas | パタスモンキー(本種・西部)/Western Patas Monkey | セネガル〜チャドの西・中央サブサハラ |
| Erythrocebus pyrrhonotus | ホワイトノーズパタス/Eastern Patas Monkey | ウガンダ・ケニア・エチオピア・鼻の白斑が明瞭 |
| Erythrocebus baumstarki | バウムシュタルクパタス/Baumstark’s Patas Monkey | タンザニア北部・独立種として提案(議論継続) |
グエノン類との関係
パタスモンキー属は、オナガザル亜科の中でグエノン類(Cercopithecus・Chlorocebus)と近い関係にあります。もともとCercopithecusに含まれていたことからも分かる通り、系統的には樹上性グエノン類から派生した「サバンナ特化型」の系譜。同じサブサハラ地域のベルベットモンキー(Chlorocebus)とは兄弟のような近縁関係で、樹上型と地上型に分かれた対照的な進化の例といえます。

関連







参考
画像出典
- Ben Costamagna, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ・ガンビア)
- Wich’yanan L, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(ガーナ・西部亜種)
- flowcomm, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(ウガンダ・幼獣)
- Charles J. Sharp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(セネガル・オス後ろ姿)
- otomops, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(ウガンダ・東部亜種)
- David J. Stang, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(Zoo Ave)
- flowcomm, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(ウガンダ・メスと幼獣)
- David J. Stang, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(Zoo Ave別カット)


