アカイカ(ムラサキイカ)

アカイカ・コナ沖の生きた個体 イカ・タコ類(頭足類)

アカイカ(ムラサキイカ)は、太平洋・大西洋・インド洋の亜熱帯から温帯外洋に広く暮らす大型のイカです。「アカイカ」は標準和名、「ムラサキイカ」は市場や漁業者のあいだで使われる別名で、どちらも同じ Ommastrephes bartramii を指します。英名 Neon flying squid のとおり、水面から勢いよく飛び出して滑空することで知られ、時には船の甲板に落ちてくるほど活発に「空を飛ぶ」種でもあります。標準和名のアカイカを、市場で「アカイカ」として流通するソデイカと混同しないよう注意される種でもあります。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:頭足綱 Cephalopoda
  • 目:開眼目 Oegopsida
  • 科:アカイカ科 Ommastrephidae
  • 属:アカイカ属 Ommastrephes
  • 種:アカイカ Ommastrephes bartramii

和名・英名

  • 和名:アカイカ/ムラサキイカ/バカイカ(一部地方)
  • 英名:Neon flying squid / Red flying squid / Red squid

別名・学名の由来

学名 Ommastrephes bartramii はフランスの博物学者シャルル・アレクサンドル・ルシュールが1821年に記載しました。属名 Ommastrephes はギリシャ語で「目を回すもの」を意味し、種小名 bartramii はアメリカの博物学者ジョン・バートラムへの献名です。「アカイカ」の和名は成体の赤褐色の体色に、「ムラサキイカ」は個体や部位によって強く出る紫色の反射光にそれぞれ由来するとされ、日本の漁業ではどちらの呼び名も併用されてきました。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ雄 外套長 約29〜32cm(最大45cm)/雌 約50cm(最大60cm・雌のほうが明らかに大型)
分布太平洋・大西洋・インド洋の亜熱帯~温帯外洋。地中海では稀。日本近海では沖合いに広く出現
生息環境外洋の表層~中層。昼は水深300〜700m(最大1490m)、夜は表層0〜70mへ日周垂直移動
寿命約1年(生涯一度の産卵の後に死亡)
保全状況IUCN: LC(軽度懸念・2014年評価)

名前をめぐる混乱と3つの呼び名

アカイカ・17世紀の水彩画
Frans Post (Noord-Hollands Archief), Public domain, via Wikimedia Commons

標準和名「アカイカ」=この種

ここで扱っている Ommastrephes bartramii こそが、日本魚類学会が定める標準和名としての「アカイカ」です。外洋を回遊する大型のイカ類で、成体の背側は赤褐色を帯び、腹側の中央に細く長い銀色の帯を持ちます。分類学上はアカイカ科アカイカ属に位置づけられ、日本近海に出現する種のうち最も大きくなるアカイカ科のひとつです。

商品名「アカイカ」=別種のソデイカ

スーパーや回転寿司で「アカイカ」の名で売られている白いイカのほとんどは、本種ではなくソデイカ Thysanoteuthis rhombus にあたります。ソデイカは沖縄・鹿児島などで漁獲される別種で、身の食味が良く安定供給されるため、市場では商品名「アカイカ」で流通してきた歴史があります。この結果、標準和名の「アカイカ」(本種)と、市場名の「アカイカ」(ソデイカ)が食い違うという二重構造ができあがっています。

ソデイカ
ソデイカは、日本近海に住む食用イカのなかで最大級の大きさに育つ大型のイカです。胴長は約1m、体重は20kg前後で、大きな個体では30kgに達するとされます。市場では「アカイカ」の名で流通し、回転寿司の白いイカとしてもよく目にする種です。ただ...

「ムラサキイカ」と呼ばれる理由

本種のもう一つの和名「ムラサキイカ」は、外套膜の背側にしばしば強く出る紫色の反射光にちなむ呼称です。加工品としての流通や、沼津沖などの遊漁船で扱われる際に用いられることが多く、地方によっては「バカイカ」の呼び名もあります。同じ種でありながら、市場や漁業の文脈によって使い分けられる複数の名前を持つ点は、日本の食用イカのなかでも際立って多いといえます。

見た目と体のつくり

アカイカの全身標本
Marina Drago Marchesi, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

大型化する雌と小型の雄

アカイカは雌雄で大きさが大きく異なるのが特徴です。雄の外套長は約29〜32cmで最大でも45cm前後にとどまるのに対し、雌は50cm前後まで育ち、大型個体では60cmに達すると報告されています。頭部には大きな2つの目があり、開眼目のイカ類に共通する丸い瞳を持ちます。8本の腕と2本の触腕を備え、触腕の先端の吸盤には特徴的な小さな歯が並び、近縁のオレンジバック・フライング・スクイッド Sthenoteuthis pteropus との識別ポイントとして知られています。

腹側の銀色の帯と発光器

アカイカ・スミソニアン国立自然史博物館の展示標本
Tim Evanson, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

腹側の銀帯:種を見分ける特徴

アカイカ最大の見分けポイントは、外套膜の腹側の中央に細く長く走る銀色の帯です。この銀帯は近縁の他のアカイカ科の種にはほとんど見られない特徴で、鮮度の良い状態では光を反射して銀白色に強く輝きます。生きた個体を水中で見ると、この帯が海中の光を細く受け止め、影を薄めるはたらきをしていると考えられています。

小さな発光器の分布

外套膜・頭部・触腕の腹側には、小さく不規則な形の発光器が点在します。深海性のイカのような大きな発光器はなく、内臓部には発光器を持ちません。夜間に表層近くまで浮上したときに、腹側からわずかな光を出して下からの捕食者に対する影を薄めるカウンターイリュミネーションの役目を担っていると考えられています。

生態と行動

世界の外洋を巡るコスモポリタン種

アカイカは太平洋・大西洋・インド洋の亜熱帯~温帯外洋にほぼ全域で分布する、いわゆるコスモポリタン種です。日本沿岸では沖合の暖流域に主に出現し、季節によっては黒潮の分岐帯や親潮との境目で大量の群れが観察されてきました。地中海への出現は稀とされ、外洋を主戦場とする点はマイカやコウイカ類とは大きく異なる暮らしぶりを示しています。

日周垂直移動と食性

アカイカは典型的な日周垂直移動を行う種で、昼は水深300〜700mの中深層に潜み、夜になると表層0〜70mまで浮上して餌を探します。最大では水深1490mまで潜ることが確認されており、外洋性のイカとしては広い深さの範囲を使いこなす種です。餌は主にサンマやハダカイワシ・他のイカ類・甲殻類などで、暖水と冷水がぶつかる潮目に群がって集団で採餌するとされます。

空を「飛ぶ」イカ

水面から飛び出すきっかけ

アカイカを含むアカイカ科の一部の種は、水面から飛び出して数十mを滑空する「飛翔行動」で知られています。ジェット噴射で水中から勢いよく飛び出し、外套膜と鰭を広げて姿勢を保ちながら、まるで飛び魚のように空中を滑る姿が観察されてきました。この行動は主に、時化などの荒れた海況や捕食者に追われた際に見られ、水中から離れることで危険を回避する咄嗟の反応と考えられています。

船に落ちるほど日常的な行動

外洋を航行する船の甲板に、飛翔中のアカイカが落ちてくる事例はしばしば報告されており、写真として撮影された例も残されています。飛翔メカニズムの詳細は現在も完全には解明されていませんが、単なるグライディング(滑空)を超えて、空中で姿勢を制御する能動的な行動として観察されています。無脊椎動物ながら「飛ぶ」能力を実現している数少ないグループのひとつと言えます。

産卵と成長

1個体で35万〜360万個の産卵

雌1個体の一生の産卵数は、体の大きさによって35万個から360万個におよぶと報告されています。産卵は年間を通じて断続的に行われ、雄は雌より早い時期に成熟し、精莢を雌の口の周りの膜に受け渡します。雌はこの精莢を体内に貯めておき、自身が成熟した段階で受精卵として海中に放出するという段取りをとります。孵化した稚仔(1mm前後)は急速に成長し、1か月で体長7mm前後にまで育ちます。

生涯一度きりの繁殖

アカイカは他の多くのアカイカ科と同様に「一回繁殖型(semelparous)」で、寿命は約1年と短く、産卵を終えた雌雄はまもなく死亡します。稚仔は夏から秋にかけて亜寒帯寄りの海域まで北上して成長し、成熟すると産卵場へ戻ってくる年周期の回遊が知られています。短命で一度だけ繁殖する典型的な外洋性頭足類の生活史を持つ種です。

「1属1種」から「4種複合体」へ(近年の分類変更)

アカイカ・1870年マサチューセッツ無脊椎動物誌の分類学挿絵
Mary Peart (1870), Public domain, via Wikimedia Commons

長らくアカイカ属の唯一種とされてきた

アカイカ属 Ommastrephes は長らく O. bartramii の1属1種と見なされてきました。マサチューセッツの1870年の博物誌のような古典分類学の時代から、外洋の赤褐色の大型イカとして各地で採集され、シノニムとして複数の名が付けられてきた経緯があります。

2020年の遺伝子研究で4種に分割

2020年に発表されたミトコンドリアDNAを用いた分子系統研究では、それまで単一種と見なされてきた O. bartramii が、地理的に隔てられた4つの独立した種の複合体であることが明らかにされました。この結果を受けて、かつてシノニムとされていた Ommastrephes brevimanusO. caroliO. cylindraceus の3種が復活し、それぞれ分布域が再定義されました。日本近海に出現する個体群がどの種に対応するかは、今後の研究の進展に委ねられている状況です。

食材・漁業として

味と食感の特徴

アカイカは身が厚くコリコリとした食感を持ち、刺身・寿司ネタ・冊売りの他、丸干し・塩辛・加工品として幅広く利用されてきました。ただしスルメイカに比べて身がやや固く、鮮度が落ちるとアンモニア臭が出やすい特徴もあり、「まずい」と評されることもあります。冷凍解凍を経てから調理すると身が柔らかくなり、加熱料理では扱いやすい食材にあたります。ムラサキイカとして加工されたイカソーメンや、冊状のパック商品は身近な流通形態のひとつです。

沼津沖の深海釣り物として

静岡県の沼津沖では、駿河湾の深い水深を活かしたアカイカ(ムラサキイカ)釣りが遊漁の対象として近年注目されています。夜間に浮上してくる時期を狙い、電動リールと重めのスッテ仕掛けで200m前後の深場から誘い出すという、深海釣りらしい重装備が使われる釣り物です。1杯で1kgを超える大型個体が上がることもあり、外洋性のイカを陸に近い遊漁船から狙える国内でも珍しい例として知られます。

世界の漁業と資源管理

アカイカは世界の外洋漁業でも重要な資源で、日本・台湾・中国・韓国・ペルーなどの遠洋イカ漁業で漁獲されてきました。北太平洋では1970〜80年代に流し網漁による大規模漁獲が行われ、混獲や資源枯渇の懸念から国際的な流し網漁の禁止決議(1991年国連総会)の背景の一つになりました。現在はジグ釣り(イカ釣り漁船)による選択的な漁獲が中心で、資源評価と管理が国際的な枠組みのもとで続けられています。

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参考

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