イヌワシは、日本の山岳地帯に暮らす大型のワシで、国の天然記念物に指定されています。翼を広げると2メートル近くにおよび、断崖から急降下してノウサギなどを捕らえる、空の狩人として知られます。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:タカ目 Accipitriformes
- 科:タカ科 Accipitridae
- 属:イヌワシ属 Aquila
- 種:イヌワシ Aquila chrysaetos
和名・英名
- 和名:イヌワシ(犬鷲)
- 英名:Golden eagle
日本で見られる亜種
日本で見られるのは亜種ニホンイヌワシ(Aquila chrysaetos japonica)です。世界に6つある亜種のうち最も小さく、本州の山地を中心に生息しています。国内では、東北や中部の山間部でとくに知られています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 約75〜95cm/翼を広げた幅 約1.7〜2.2m(日本の個体) |
|---|---|
| 体重 | 約2.5〜3.5kg(メスがひとまわり大きい) |
| 分布 | 北半球に広く分布。日本では本州の山地を中心に周年生息 |
| 生息環境 | 崖のある山地や、開けた斜面・草原 |
| 食べ物 | ノウサギ・ヤマドリ・ヘビなど。時にシカやカモシカの幼い個体も |
| 寿命 | 野生でおよそ20〜30年とされる |
| 保全状況 | IUCN:LC(軽度懸念)/日本:国の天然記念物・環境省レッドリスト 絶滅危惧ⅠB類(EN) |

日本の空を舞う大きなワシ
翼を広げれば2メートル近く
大きさとメスの優位
イヌワシは、日本で見られるワシのなかでも大型です。全長は75〜95センチメートル、翼を広げた幅は2メートル近くに達します。体重は2.5〜3.5キログラムほどで、メスがオスよりひとまわり大きい体格です。多くの鳥はオスのほうが大きいのですが、ワシやタカのなかまはメスが大きいことで知られます(性的二形)。開けた空を悠々と舞う姿から、古くから山の主として敬われてきました。
褐色の羽と金色の後頭部
全身は濃い褐色ですが、後頭部から首にかけての羽は金色がかって見えます。英名の Golden eagle(金色のワシ)は、この部分の色に由来します。若い個体は翼と尾に白い部分があり、遠くからでも成鳥と見分けられます。全身が成鳥の褐色に変わるまでには、5〜6年ほどかかるとされます。
世界のイヌワシと日本の亜種
北半球で最も広く分布するワシ
イヌワシは、ヨーロッパ・アジア・北アメリカ・北アフリカと、北半球に広く分布します。ワシのなかまとしては、世界でもっとも分布の広い種の一つです。地域ごとに6つの亜種に分けられ、大きさや色あいが少しずつ異なります。世界全体で見れば数は多く、IUCNの評価では軽度懸念(LC)とされています。
日本のニホンイヌワシ
日本のニホンイヌワシは、6亜種のなかで最も小型です。渡りをせず、本州の山地を中心に一年じゅう暮らす留鳥で、東北や中部の山でとくに知られます。現在の生息数は400〜500羽ほどと推定され、年々減っていると考えられています。世界では数の多いワシが、日本では数少ない鳥になっている点が、この鳥の大きな特徴です。

断崖の狩人
主な獲物はノウサギ
急降下でとらえる
イヌワシは、斜面や谷の上を飛びながら獲物を探し、見つけると一気に急降下して捕らえます。その速さは時速240〜320キロメートルに達し、新幹線にも匹敵するほどです。日本ではノウサギがもっとも重要な獲物で、ヤマドリやヘビ類もよく狙います。海外のある調査では、狩りの成功率は2割ほどと報告されており、大きな体でも狩りは簡単ではないことがうかがえます。
時には自分より大きな獲物も
イヌワシは、キツネやタヌキ、時にはニホンジカやカモシカの幼い個体を襲うこともあります。鋭いかぎ爪と強い脚で獲物をつかみ、押さえこんで仕留めます。海外では、地上で暮らすマーモットや地リスのほか、まれにアナグマや若いシカも獲物です。一日に必要な食べ物は体の大きさのわりに少なく、獲物が多い縄張りを守ることが暮らしの要になります。
生涯続くつがいと子育て
断崖や大木につくる巣
イヌワシのつがいは、一度結ばれると生涯連れ添うとされます。切り立った崖のくぼみや大きな木の上に、枝を組んだ大きな巣をつくり、毎年同じ巣に手を入れて使うことが多いです。ひとつの縄張りを長く守り、その広さは数十平方キロメートルにおよぶこともあります。狩り場となる開けた斜面と、巣をかける崖の両方がそろう場所が、イヌワシには欠かせません。

育つのはふつう1羽だけ
日本では2〜3月に、1〜2個の卵を産みます。ヒナが2羽かえっても、先に生まれたヒナがあとのヒナを攻撃し、多くの場合1羽だけが育ちます。これは大型の猛禽によく見られる習性です。限られた食べ物を1羽に集めるための行動だと考えられています。ヒナは70〜94日ほどで巣立ちますが、独り立ちして自分の縄張りをもつまでには、さらに数年かかります。
「イヌ」ワシという名前
「劣る」を意味するイヌ
イヌワシの「イヌ」は、犬そのものではなく、「劣る・下級の」という意味の古い言葉だとされます。尾羽が矢羽の材料として、ほかのワシ類より価値が低かったことにちなむ、という説です。漢字では「犬鷲」のほか「狗鷲」とも書き、この「狗」は天狗を連想させることに由来するとも言われます。名前の由来には諸説あり、はっきりとは分かっていません。堂々とした姿に似合わない名前です。弓矢を使った時代の価値観が、名前に残ったものと考えられます。

似た鳥との見分け方
大きさと飛ぶ場所で見分ける
日本の空には、イヌワシと見まちがえやすい大型の鳥が何種かいます。飛ぶ場所や尾の形が、見分けの手がかりになります。
| イヌワシ | 山地の開けた斜面。全身が濃い褐色で翼が長い。若鳥は翼・尾に白 |
|---|---|
| トビ(トンビ) | 市街地や海辺にも多い。尾の先が三角にへこむ。「ピーヒョロロ」と鳴く |
| クマタカ | 同じ山地の大型だが森林内を好む。翼が幅広く尾が長い |
| オオワシ・オジロワシ | 冬に北海道などへ渡来。海や湖の魚を食べ、くちばしが大きく黄色い |
トビは市街地や海辺でも群れて飛び、尾の先が三角にへこんで見えます。イヌワシは市街地にはまず現れず、山の斜面を悠々と舞います。同じ山で暮らすクマタカが好むのは森の中で、開けた斜面を飛ぶイヌワシとは対照的です。

会える場所と飼育の可否
動物園と、野生の観察地
イヌワシは、多摩動物公園(東京)をはじめ、いくつかの動物園で飼育されています。飼育下の個体では、その大きさと鋭いかぎ爪を間近で観察できます。野生では本州の山地に暮らし、かつては滋賀県の伊吹山などが観察地として知られました。ただし国の天然記念物であり、国内希少野生動植物種にも指定されているため、個人が捕まえたり飼ったりすることはできません。ペットとして売買されることもない鳥です。
数を減らす天然記念物
減り続ける理由
イヌワシは1990年に国の天然記念物に、1993年には国内希少野生動植物種に指定されました。それでも日本の生息数は400〜500羽ほどで、減少が続いています。原因の一つは、狩り場となる開けた斜面が減ったことです。かつて薪炭のために利用されていた雑木林が使われなくなり、森が育ちすぎて、地上の獲物を見つけにくくなったと考えられています。開発による生息地の縮小や、繁殖の失敗も重なり、ヒナが巣立つ年は年々少なくなっています。
※ 天然記念物とは、日本にとって貴重な動植物や地質などを、文化財保護法にもとづいて守るしくみです。イヌワシは種として国の天然記念物に指定されています。

イヌワシの豆知識
岩手県の鳥、メキシコの国章
イヌワシは、岩手県の県の鳥です。海外に目を向けると、メキシコの国章には、サボテンにとまってヘビをくわえるイヌワシ(金色のワシ)が描かれています。また中央アジアには、飼いならしたイヌワシを使ってキツネなどを狩る、ワシ使いの伝統が今も残ります。大きな体と狩りの力をもつイヌワシは、各地で古くから特別な鳥として扱われてきました。
人の子どもをさらう俗説
大きなワシが人の子どもをさらう、という言い伝えがあります。これは世界の各地に見られる、古くからの俗説です。しかし、確かな記録はほとんど見つかっていません。イヌワシが運べる重さは、自分の体重ほどが限度です。人間の子どもを持ち上げて飛ぶ力はないと考えられています。迫力ある姿から生まれた言い伝えの一つと見るのがよさそうです。







参考
- English Wikipedia「Golden eagle」(形態・狩り・亜種・繁殖)
- ウィキペディア「イヌワシ」(日本の亜種・分布・保護・和名の由来)
- IUCN Red List「Aquila chrysaetos」(保全状況の評価=軽度懸念)
画像の出典
- アイキャッチ(頭部):Michael Gäbler, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
- 横顔:Richard Bartz, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
- 雪山を飛ぶ個体:Giles Laurent, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- 卵(標本):Roger Culos, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- 飛翔:Juan lacruz, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
- とまる個体:Quartl, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- ワシ使い(モンゴル):Gabideen, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


