ハシボソガラスは、細く尖った嘴と平らな額が特徴の中型のカラスです。日本の農地・河川敷・海岸など、開けた環境を主な住処とする在来種で、都市部に多いハシブトガラスと並んで日本本土の代表的なカラスとされます。かつて日本で「カラス」といえば本種を指しましたが、都市化に伴ってハシブトが勢力を広げた今は、郊外や田畑で目立つ種として棲み分けています。信号停車中の自動車のタイヤを使ってクルミを割る採食行動でも知られる、道具的な知能を示すカラスの代表例でもあります。カラス全体の概要はカラス【総合】の記事にまとめられています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:スズメ目 Passeriformes
- 科:カラス科 Corvidae
- 属:カラス属 Corvus
- 種:ハシボソガラス Corvus corone
和名・英名
- 和名:ハシボソガラス(嘴細烏)
- 英名:Carrion crow
名前の由来
和名の「嘴細烏(はしぼそがらす)」は、名前の通り近縁種のハシブトガラスに比べて細く尖った嘴を持つことに由来します。英名 Carrion crow は「死肉を食うカラス」を意味しますが、実際の食性はやや植物質寄りで、名前ほど死肉に偏った食生活は送っていません。学名の種小名coroneは一般に鳴き声を写した語とされる一方、ギリシャ神話の太陽神アポロンに従っていた白いカラス「コローニス」に由来するという説もあります。
もっとも近縁なのはクビワガラス
近年の分子系統研究では、ハシボソガラスにもっとも近縁な種はハシブトガラスではなく、ヨーロッパ西部のクビワガラス(Corvus cornix)だと示されています。姿がよく似たハシブトガラス(C. macrorhynchos)は、系統上はやや離れた位置にあります。「日本の2大カラス」は同属ですが、必ずしも兄弟種というわけではありません。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 約50cm(ハシブトよりやや小型) |
|---|---|
| 分布 | ユーラシア大陸東部・西部。日本では北海道〜九州の平地〜低山に留鳥として広く分布 |
| 生息環境 | 河川敷・農耕地・草地・海岸など開けた環境。極度に都市化された地域や高山帯には少ない |
| 食性 | 雑食。ハシブトガラスよりも植物質を好む傾向。穀類・果実・種子・昆虫・小動物・死骸 |
| 繁殖 | 4月に3〜5個の卵。抱卵は主にメスが約20日。雛は約1か月で巣立ち |
| 保全状況 | IUCN:LC(軽度懸念)/日本では都市化にともない漸減傾向 |
姿と体のつくり
全長50cmの光沢ある黒

全長は約50cmで、日本産のカラス2種のうちハシブトよりやや小さい部類に入ります。全身が光沢のある黒色で、雌雄同色で外見での区別はできません。地肌の色は黒っぽい灰色で、脚と嘴も黒く染まります。突然変異で全身が白い個体が現れることもあり、いわゆるアルビノや白変種として観察されています。
ダウンのような下毛で寒さに強い
外から見える羽は黒く光沢がありますが、皮膚に近い層には白く柔らかな下毛が密生します。ダウンジャケットに近い構造で、断熱性が非常に高く、冬の寒さの中でも水浴びを平然と行える耐寒性を持ちます。北海道の厳冬期にも留鳥として越冬できる背景には、この下毛の充実があります。
細い嘴と平らな額

ハシボソガラスの特徴的な部位が、名前のもとになった細い嘴と、なだらかに続く額です。ハシブトガラスに比べて嘴が細く、上嘴の曲がりも弱く、嘴から頭頂にかけて額の膨らみが目立ちません。横から見たときのシルエットは、頭部から嘴までがなだらかにつながる印象を与えます。
ハシブトガラスとの詳しい違い
日本の在来カラス2種を見分ける手がかりは、嘴の形・鳴き声・鳴くときの姿勢・好む環境の4点に整理できます。ハシブトガラスとの主な違いを表にまとめます。
| 観点 | ハシボソガラス | ハシブトガラス |
|---|---|---|
| 嘴の形 | 細く、上嘴があまり曲がらない | 太く、大きく曲がる |
| 額 | 平らでなだらか | 段になって盛り上がる |
| 大きさ | 約50cmとやや小さめ | 約56〜59cmと大きめ |
| 鳴き声 | 「ガーガー」濁った声 | 「カーカー」澄んだ声 |
| 好む環境 | 河川敷・農地・海岸など開けた土地 | 森林起源で都市部にも進出 |
鳴くときの姿勢の違い
鳴き声そのもの以上に見分けの手がかりになるのが、鳴くときの姿勢です。ハシブトガラスは体を震わせず、頭を前に突き出して喉を膨らませて鳴きます。一方のハシボソガラスは下腹や背の羽毛を逆立て、頭部を前に突き出しながら鳴き声に合わせて頭を上下に振ります。この「お辞儀」のような動作は本種特有で、両種を離れた場所から見分ける決め手となります。
都市はハシブト、郊外はハシボソ
もう一つの重要な違いが分布・住み分けです。ハシブトガラスは元々は森林に住む種で、20世紀後半以降に都市部へ進出しました。ハシボソガラスは元から人里の農地や河川敷を主な生息地とし、都市部にはあまり分布しません。都市化にともなってハシブトが個体数を増やしている一方、ハシボソは緩やかな減少傾向にあります。都市部の大型カラスはハシブト、農地や河川敷で頭を上下に振る中型カラスはハシボソが多い、というのが両種の棲み分けの目安になっています。
歩き方 ―地面をウォーキングする

交互に脚を出す「ウォーキング」
本種は地面の上を、人間のように片脚ずつ交互に出して歩く「ウォーキング」で移動する時間が長い特徴を持ちます。両脚を揃えて跳ねる「ホッピング」も行いますが、地上採食を主とする本種では歩行の割合が目立ちます。ハシブトガラスは樹上性の側面が強く、地上でもホッピングが多いとされ、地面での歩き方は両種の見分けの補助にもなります。
地面採食(土食い)
歩行時間が長いことと結びついて、ハシボソガラスは地面の上で餌を探す「地面採食」を得意とします。田畑の穀類や地表を歩く昆虫類・土に混じった種子などを拾い集めるほか、時には土そのものを口に入れる「土食い」も観察されています。土食いはミネラル摂取と関連する行動と考えられ、鳥類でも複数の分類群で報告されています。
高い知能 ―クルミを車で割る
信号停車中の車のタイヤ利用
クルミや貝を路上に置く
「カラスが車のタイヤでクルミを割る」という有名なエピソードで知られる採食行動は、主に本種ハシボソガラスによるものとされます。信号で停止中の自動車の車輪の前や後ろに、堅いクルミや貝殻をくわえて置き、信号が青になって車が走り出すのを待ちます。車が発進してタイヤに踏まれると殻が割れ、車が去った後に降りて中身を食べる、という2段階の行動です。
信号のリズムに合わせた学習
信号のリズムに合わせて自ら車道と歩道を行き来する例も観察されており、車が停止する周期を学習していることを示す行動として研究者に注目されてきました。人為的な環境(車社会)を利用した道具的採食の代表例として、カラスの高い知能を象徴するエピソードとされます。
針金・ハンガーで営巣
営巣時の巣材選びにも、本種の柔軟な知能が現れます。本来は木の枝を組み合わせてお椀状の巣を作りますが、人里近くでは針金製のハンガーや電線を素材として利用することが知られています。電柱に巣を作る際にハンガーが電線に触れることで、停電の原因となる事例も日本各地で報告されています。
鳴き声と性格
「ガーガー」と濁った声
ハシボソガラスの鳴き声は「ガーガー」または「アーアー」と濁って聞こえる声で表現されます。ハシブトガラスの澄んだ「カーカー」との対比が最もわかりやすい違いです。繁殖期には縄張り主張のよく通る声が多くなり、警戒時には短く鋭い声、集団ねぐらでは低くざわめくような複数の声が重なります。個体差もあり、地域や状況によって声色の幅は思いのほか広い種とされます。
性格 ―警戒心とペアの絆
「ハシボソガラス 性格」も検索の多い話題です。本種は警戒心が強く、人の姿を見つけると距離を保つ賢さを見せます。一方で年間を通してつがいの絆が保たれ、繁殖期以外にもペアで採食する姿がよく観察されます。同じねぐらを長年にわたって使う集団性と、家族単位の強い結びつきが共存する種で、遊びとみられる行動(棒や石をくわえて弄ぶなど)も報告されています。カラス属全般に共通する道具的知能の高さから、単純な「賢い=人になつく」という関係にはなりにくく、慣れているように見える個体でも一定の距離を保ちます。
寿命 ―野生6〜7年・飼育下20年超
本種の野生下での平均寿命は6〜7年ほどとされます。捕食圧や事故を考えれば長寿の部類で、環境が整えば10年以上生きる個体も報告されています。飼育下ではさらに長寿で、20年前後まで生きた例が知られています。カラス属全般に長寿の傾向があり、大型・知能高・社会性を持つ動物としての特徴が寿命にも表れています。
食性と生息環境
植物質を好む雑食
ハシボソガラスは雑食性ですが、ハシブトガラスと比べると相対的に植物質を好む傾向があります。穀類・果実・種子といった植物性の餌を積極的に取り、農地では収穫前の穀物を食害することもあります。動物質としては昆虫類・小動物・鳥の卵や雛・死骸を利用します。英名 Carrion crow の「死肉を食う」というイメージほどは、屍肉に依存していません。
河川敷と農耕地の暮らし

本種の主要な生息地は、河川敷や農耕地・海岸・広い草地です。極度に都市化された地域や高山帯にはあまり進出せず、開けた土地で歩き回りながら採食する暮らしを送っています。ペアは年間を通して縄張りを維持し、非繁殖期の夜間には近隣の個体が集まる集団ねぐらを利用します。集団ねぐらの詳細はカラス【総合】の記事にまとめられています。
繁殖 ―4月に3〜5個の卵

抱卵と巣立ち
4月頃に3〜5個の卵
ハシボソガラスの産卵期は4月頃で、1回に3〜5個の卵を産みます。抱卵は主にメスが担当し、期間は約20日です。抱卵中のメスにオスが餌を運び、繁殖期の家族単位の分担が明確に分かれます。
約1か月で巣立ち
孵化した雛には雌雄が共同で給餌し、雛は孵化からおよそ1か月で巣立ちます。子育てに失敗した場合は再度抱卵に入ることもありますが、時間を要するため、寒冷地では年に1回の繁殖が限度とされます。巣立ち後もしばらくは親と行動する家族群が観察されます。
ヤナギの股に木の枝の巣
営巣場所は、開けた場所に位置する樹木の枝の股が中心です。ヤナギやポプラ、電柱などに木の枝を組み合わせたお椀状の巣を作ります。前述のとおり針金やハンガーも巣材として利用され、都市近郊では停電被害の原因になることもあります。
天敵と外敵
成鳥のハシボソガラスは体格と知能から捕食圧が比較的低い種ですが、卵や雛の段階では複数の天敵に狙われます。オオタカやハヤブサなどの猛禽類は成鳥でも捕食する例があり、フクロウ類は夜間のねぐらを襲うことが知られています。巣の中の卵や雛は、木登りが得意なアオダイショウなどのヘビ類、テンやイタチなどの中型食肉類の対象になります。また現代の日本では、車両との衝突・電線接触・農薬中毒など、人間の環境要因が主要な死亡原因として上位に挙げられます。
食用の歴史 ―長野・上田の「カラス田楽」
食用にされてきた地域
北海道・東北・中部の食用文化
日本にはハシボソガラスを食用にしてきた地域が存在します。北海道の一部・秋田県・茨城県・長野県・岐阜県で本種の肉が食用に供されていました。岐阜県では大正中期ごろまで地元の肉屋でカラス肉が販売されていた記録も残されています。
上田市の郷土料理「カラス田楽」
もっとも有名なのが長野県上田市の郷土料理「カラス田楽」です。味噌ダレを塗って焼き上げる料理として今も少量ながら継承されており、地元の食文化として記録に残っています。
調理の実際と味の評価
カラス肉は筋肉質で脂肪分が少なく、低温でじっくり火を通すか細かくミンチにして調理するのが向くとされます。皮を焼くと固くなり食感が悪いため、皮を取り除いて調理する例が多く、味そのものは良いという評価が残されています。「カラス=食用外」の印象は現代的なもので、世界的にも中国や西洋で薬用・食材として利用されてきた歴史が並列しています。
保全状況と都市化
IUCNレッドリストでは本種はLC(軽度懸念)に評価されています。世界的には広い分布と多い個体数を維持しています。日本国内に限れば、都市化にともなうハシブトガラスの増加と対照的に、本種は生息地となる河川敷や農耕地の環境変化から緩やかな減少傾向にあるとされます。かつて日本で「カラス」と言えば本種を指した時代から、都市化とともに主役の座をハシブトへ譲る歴史的な変化が観察されている種です。今後の保全には、農地や河川敷を含む里地里山環境の維持が鍵になります。
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画像出典
- Alexis Lours, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ)
- Marie-Lan Taÿ Pamart, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
- PierreSelim, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- Alexis Lours, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
- Danrok, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- Alexis Lours, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
参考
- BirdLife International 2016. Corvus corone. IUCN Red List(LC評価)
- 柴田佳秀『街・野山・水辺で見かける 野鳥図鑑』日本文芸社(ISBN 978-4-537-21685-1、ハシブト・ハシボソの見分け)
- 細川博昭『身近な鳥のすごい事典』イースト・プレス、2018年(クルミを車で割る採食行動)
- 大田眞也『カラスはホントに悪者か』弦書房、2007年(都市化と個体数変動)
- 東京都環境局「ハシブトガラスとハシボソガラスの違い」
- Wikipedia “Carrion crow”(クビワガラスとの系統関係・欧州分布)
- ウィキペディア「ハシボソガラス」(生態・食用文化・見分け)


