マンドリルは、西アフリカの熱帯雨林に分布する体長60〜90cmの大型霊長類です。学名は Mandrillus sphinx。哺乳綱サル目オナガザル科マンドリル属に分類され、現生する旧世界ザル(オナガザル上科)としては最大種として知られています。オスの成獣に見られる赤い鼻筋と青い頬・鮮やかな黄色の顎鬚・同じく赤青に染まる尻の色彩が最大の特徴で、動物園でも一目で覚えられる印象的な姿を持ちます。
本種はガボン・カメルーン・赤道ギニア・コンゴ共和国などの熱帯雨林に固有分布し、旧世界のサル類の中で最も派手な体色を持つ種のひとつです。「顔の色は何のため」「ライオンキングのラフィキ(ヒヒではなくマンドリル)」「大きな群れの規模」など、独特のトピックが多い霊長類として動物ドキュメンタリーの人気題材ともなっています。近年は狩猟圧と生息地縮小で個体数減少が進み、IUCNレッドリストでは絶滅危惧II類(VU)に指定される保全上の関心種です。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:サル目 Primates(霊長目)
- 亜目:直鼻猿亜目 Haplorhini
- 科:オナガザル科 Cercopithecidae
- 亜科:オナガザル亜科 Cercopithecinae(狭鼻ザル)
- 属:マンドリル属 Mandrillus
- 種:マンドリル Mandrillus sphinx
和名・英名・別名
- 和名:マンドリル
- 英名:Mandrill
- フランス語名:Mandrill(マンドリル・語源)
- ドイツ語名:Mandrill
ヒヒ属からの独立
Papio属からMandrillus属へ
マンドリルは、かつてヒヒ属(Papio)に含めて分類されていた時期がありました。19世紀の初期分類では Papio sphinx として記載されていましたが、20世紀後半の形態・行動学的研究およびDNA解析の進展により、ヒヒ属とは異なる系統に属することが明らかになりました。現在は独立したマンドリル属(Mandrillus)に分類され、近縁のドリル(Mandrillus leucophaeus)と2種でこの属を構成しています。
名前の由来
- 属名 Mandrillus:ラテン語化された “mandrill” に由来。「男(man)+ヒヒ(drill)」の合成語との説があり、西アフリカ言語圏に古くからある呼び名を英語経由で学名化したものとされます。
- 種小名 sphinx:ギリシャ神話やエジプトの「スフィンクス」に由来。マンドリルの顔つきが人間と獣を兼ねた神秘的な生き物を連想させたことに由来する種名とされます。
- 英名「Mandrill」:西アフリカの現地名が英語に取り入れられたと考えられる呼称。学名の属名もこれをラテン語化して命名されています。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | オス:頭胴長75〜95cm・体重19〜37kg/メス:頭胴長55〜66cm・体重10〜13kg/尾長:オス6〜9cm・メス5〜7cm(短い)/オスはメスの2.5〜3倍の体重(顕著な性的二型) |
|---|---|
| 体色 | 体毛:オリーブ褐色〜暗褐色/顔:オスは鼻筋が赤く両側面が青/頬:青いひだ状の隆起/顎鬚:黄色〜金色/腹側:明るい色/尻の周囲:オスは青紫・赤・ピンクの多色/メスの色は淡く控えめ |
| 体型 | ずんぐりした頑丈な体つき/四肢は太く強い/短い尾は他のオナガザル科と対照的/突き出た口吻(マズル)/大きな犬歯(オス) |
| 分布 | ガボン・カメルーン南部・赤道ギニア・コンゴ共和国南西部の熱帯雨林/サナガ川以南〜コンゴ川以北の限定された地理範囲 |
| 生息環境 | 原生熱帯雨林・二次林・河畔林/地上性が強いが樹上でも活動/夜間の睡眠は樹上/標高0〜1,500mまで |
| 食性 | 雑食性/果実・種子・葉・花・根・キノコ/昆虫・カタツムリ・小型脊椎動物・卵/時に小型サル・アンテロープ子供も捕食(大群での機会的狩猟) |
| 繁殖 | 繁殖期:主に7〜10月(乾季)/妊娠期間:約170日/通常1頭出産/授乳期間:約6か月/性成熟:メス3〜4年・オス9歳頃(優位オスへの上昇) |
| 寿命 | 野生:推定20年前後/飼育下:30〜40年 |
| 保全状況 | IUCN:絶滅危惧II類(VU・2019年〜再指定)/CITES附属書I/減少傾向・生息地縮小・狩猟圧が主要脅威 |

鮮やかな顔の色─何のためにあるのか
赤・青・黄の三色構成
顔の色分け
マンドリルのオスの顔は、他の哺乳類には類を見ない鮮やかな三色構成を持ちます。鼻筋の中央には血流によって作られる赤色が縦に走り、両側の頬にはコラーゲン繊維の光学的散乱によって作られる青色のひだ状の隆起があります。顎の下には黄色〜金色の顎鬚があり、これらの色の対比が「顔全体で自己主張する」独特のディスプレイとなっています。哺乳類は毛皮の色素で色を作るのが一般的ですが、本種の青は色素ではなく物理的な光散乱(構造色)で発現するタイプで、鳥類の羽の青色と同じ原理とされます。
尻にも同じ配色
顔と同じ配色パターンは尻の周辺にも見られます。座ったときに露出する尻の色彩は、顔と同じく青・赤・ピンクの多色構成で、群れの中を歩いたり座ったりする際に他個体から見える形で機能します。「顔と尻に同じ色を持つ」哺乳類は本種以外にはほとんど例がなく、動物界全体で見ても極めて特異な色彩配置です。
色の意味─性淘汰とホルモン
テストステロンで色が濃くなる
マンドリルのオスの顔の色鮮やかさは、テストステロン(男性ホルモン)のレベルと直接的な相関があることが研究で示されています。優位オス(群れのリーダー格)ほど色が鮮やかで、順位が低いオスほど色が淡い傾向が確認されており、色そのものが群れの中でのステータスを示す指標として機能しているとされます。メスは色鮮やかなオスを繁殖相手として好む傾向があり、性淘汰による装飾形質と位置づけられています。
順位変動で色も変わる
優位オスが群れの中で順位を失うと、顔の色が数週間〜数ヶ月かけて徐々に色あせていく現象も飼育観察と野外観察の両方で報告されています。逆に順位を上昇させた個体は色が濃くなります。この可塑性は生涯を通じて続き、社会的な地位変動が生理学的な色彩変化として現れる、極めて動的な形質と考えられています。

現生最大の旧世界ザル
ゴリラに次ぐ大型霊長類
体重37kgの大型オス
マンドリルは、旧世界のサル類(オナガザル上科)で最大の種です。オスの成獣は体重19〜37kgに達し、飼育下では40kgを超える記録もあります。類人猿(ゴリラ・チンパンジー・オランウータン)を除いた霊長類としては現生最大級で、地上性の大型サルとして群れの中で堂々とした存在感を示します。メスは10〜13kgとオスの1/3程度で、この極端な性的二型は本種の特徴となっています。
強力な犬歯
オスの犬歯は口の外に突き出るほど長く、防御や群れ内での威嚇に用いられます。犬歯の長さは大型のオスで5cmを超え、これはヒョウやジャガーに匹敵する長さです。この巨大な犬歯は捕食者(ヒョウ・チンパンジー・アフリカニシキヘビ)への防衛に有効で、群れの成獣オスが子供や幼獣を守る場面でも重要な武器となります。
雑食性と機会的狩猟
果実と種子が主食
マンドリルの主食は果実・種子・葉・花・根・キノコなどの植物質で、頑丈な顎で堅い木の実も割って食べます。地上の落ち葉を掻き分けて昆虫やカタツムリを探す採食パターンも観察されています。一般的な旧世界ザルの葉食性から少し外れ、雑食に近い柔軟な食性を持つ点が本種の特徴です。
小型脊椎動物も食べる
近年の野外観察により、マンドリルが機会的な狩猟を行うことが明らかになってきました。他の小型サル(グエノン属など)・アンテロープの子供・鳥・小型爬虫類などを大群で協力して捕食する場面が報告されており、単純な植物食のサルではなく雑食性と部分的な肉食性を併せ持つ霊長類と評価されています。

大群社会─「ホード」の暮らし
数百頭の巨大な群れ
200〜800頭の「ホード」
マンドリルの社会構造は霊長類の中でも独特で、「ホード(horde)」と呼ばれる200〜800頭に達する巨大な群れを形成します。ガボンのロペ国立公園では最大845頭の記録的ホードが確認されており、これは霊長類の非人類群としては世界最大級の集団規模です。ホードは複数の小家族群(メスと子供の血縁集団)が集合したもので、繁殖期には成獣オスが加わって規模がさらに拡大します。
優位オスの座
ホードの中では優位オス(アルファオス)が繁殖の中心を担い、他のオスとの階級関係が明確に整えられています。優位オスは顔の色が最も鮮やかで、繁殖期にはメスとの交配機会を独占する傾向があります。しかし優位の座は永続せず、若い挑戦者との闘争で入れ替わることも多く、上位オス個体の平均的な優位保持期間は数年程度とされます。
雨林を移動する巨大集団
数百頭のホードは1日に数kmを移動しながら採食し、森の中を移動する際は列を成して進む姿が観察されます。この巨大集団の移動は森林の生態系にも影響を与えます。群れが通過した後の樹木は葉が食べられ種子が糞とともに散布されるため、大規模な種子散布者としての生態系機能も担います。集団の音や気配は森の中で数km先まで届くとされ、ヒョウなどの捕食者にとっても回避対象となる大きな存在感を持ちます。

ヒヒではなく「マンドリル」
ライオンキングのラフィキ
映画のイメージと実像
ディズニー映画『ライオンキング』(1994年)の登場キャラクター「ラフィキ」は、劇中では「ヒヒ(baboon)」と紹介される場面がありますが、姿の造形(赤い鼻筋・青い頬・黄色の顎鬚)は明らかにマンドリルを元にしています。ラフィキが手にする長い尾は本来のマンドリルには無いオリジナル要素ですが、顔の配色は本種そのものです。映画の脚本と造形の不一致は動物学者や霊長類ファンからしばしば指摘されるポイントで、「ラフィキはヒヒなのかマンドリルなのか」という論議が今も続く題材となっています。
ヒヒ属との違い
マンドリルはかつてヒヒ属(Papio)に分類されていた経緯もあり、ヒヒとの混同が広く見られます。しかし現在は別属として扱われており、以下の点で明確に区別されます。
- 尾の長さ:マンドリルの尾は5〜9cmと極端に短い/ヒヒの尾は20〜80cmと長い
- 顔の色:マンドリルは赤青の鮮やか色/ヒヒは黒〜灰色で地味
- 体格:マンドリルの方がヒヒより大型で頑丈
- 生息環境:マンドリルは熱帯雨林/ヒヒはサバンナ・岩場・草原が主体
- 群れ規模:マンドリルは数百頭のホード/ヒヒは通常20〜100頭程度

保全と絶滅危惧
個体数減少の主要因
ブッシュミートとしての狩猟
マンドリルは西アフリカ諸国において伝統的な食用動物(ブッシュミート)として狩猟の対象となってきました。大型で肉量が多いため経済的価値が高く、地域市場では高価格で取引される事例が報告されています。近年の都市部への肉の流通拡大により狩猟圧が増大し、個体数減少の最大の要因となっています。CITES附属書Iに掲載されており国際取引は原則禁止ですが、国内流通の統制は困難な状況が続くとされます。
熱帯雨林の伐採
もうひとつの主要な脅威は、生息地である西アフリカ熱帯雨林の伐採・断片化です。木材輸出とパーム油プランテーション拡大、道路建設による森の分断は本種の行動圏を狭め、大群を維持するために必要な広い森を失わせています。ガボン・カメルーンでは国立公園制度による保護が進んでいますが、公園外での生息地劣化は続いており、長期的な個体数維持への懸念が示されています。
ロペ国立公園と長期研究
ガボンのロペ国立公園(Lopé National Park)は、マンドリルの主要生息地であり、世界で最も長期にわたるマンドリルの野生研究拠点となっています。1980年代から続くフランス・アメリカ・ガボン合同の研究チームは、ホードの構成・繁殖生態・顔色の変化・遺伝的多様性など幅広い側面を継続調査しています。同公園はユネスコ世界自然遺産(2007年登録・複合遺産)にも指定され、マンドリル保全の中核地となっています。
マンドリル属と近縁種
ドリル(Mandrillus leucophaeus)
マンドリル属のもう1種
マンドリル属にはマンドリル以外にもう1種、ドリル(Mandrillus leucophaeus)が含まれます。ドリルはナイジェリア・カメルーン北部・ビオコ島(赤道ギニア)の狭い範囲に分布する近縁種で、マンドリルの北隣に生息します。姿は本種と似ていますが顔は黒〜暗褐色で鮮やかな色を持たず、体もやや小型です。両種は互いの分布境界のサナガ川で隔てられており、生殖的にも隔離されています。ドリルは絶滅危惧IB類(EN)に指定され、マンドリル以上に個体数減少が深刻な状態にあります。
系統的な位置
DNA解析により、マンドリル属はヒヒ属(Papio)よりもマンガベイ属(Cercocebus)に近縁であることが判明しています。かつての「大型で地上性のサル=ヒヒ類」という形態的なグループ分けは修正され、現在では独立系統として位置づけられています。「ヒヒっぽい姿でも系統は別」という進化的な例示として、霊長類の進化研究で頻繁に取り上げられる分類です。
マンドリル属の近縁グループ
| 学名 | 和名/英名 | 分布・特徴 |
|---|---|---|
| Mandrillus sphinx | マンドリル(本種)/Mandrill | ガボン他・オス顔の赤青・現生最大の旧世界ザル |
| Mandrillus leucophaeus | ドリル/Drill | カメルーン北部・ビオコ島・顔は黒・IUCN EN |
| Cercocebus torquatus | アカエリマンガベイ/Red-capped Mangabey | マンドリルの近縁属・西アフリカ雨林 |
| Papio anubis | アヌビスヒヒ/Olive Baboon | アフリカ広域・サバンナ・別属 |
飼育と動物園
世界の主要動物園
マンドリルは動物園での飼育例が世界各地に多く、印象的な姿から人気展示動物として広く見られる霊長類です。サンフランシスコ動物園・ピッツバーグ動物園・ドイツのTierpark Hagenbeck・チェコのプラハ動物園など、多くの主要動物園で本種の飼育・繁殖が行われています。国際的な飼育下個体群管理(血統管理)も進んでおり、飼育下での長期繁殖成功は種の存続に貢献する保険的な役割を担っています。
日本国内での飼育
日本国内では、上野動物園・多摩動物公園・京都市動物園・熊本市動植物園・のいち動物公園などがマンドリルの飼育で知られる施設です。飼育下では30〜40年の長寿を全うする個体も少なくなく、動物園を訪れる来園者にとって顔の色が鮮やかな大型のサルとして強い印象を残す種となっています。特にオスの色彩変化を継続観察できる場として、動物園は生態学的にも重要な研究の場を提供しています。
関連






参考
- Wikipedia日本語版: マンドリル
- IUCN Red List: Mandrillus sphinx (VU)
- CITES: Mandrillus sphinx 附属書I
- UNESCO: Ecosystem and Relict Cultural Landscape of Lopé-Okanda
画像出典
- Sanjay Acharya, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ・SF動物園)
- ((brian)), CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(SF動物園)
- Julien Renoult, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(ガボン)
- Didier Descouens, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(オス頭骨・トゥールーズ博物館)
- Julien Renoult, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(ガボン別カット)
- matt sabbath, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(Pittsburgh Zoo)
- Malene Thyssen, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(Tierpark Hagenbeck)


