アメリカオオアカイカ(英名フンボルトイカ)は、東太平洋の深海に住む世界有数の大型イカです。外套長1.75m・体重50kgに達し、体を濃赤紫から白まで瞬時に変色させる派手さと、群れで襲う獰猛な食性で知られます。スペイン語圏では「Diablo Rojo(赤い悪魔)」とも呼ばれ、近年は生息域が北方へ大きく広がっています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:頭足綱 Cephalopoda
- 目:開眼目 Oegopsida
- 科:アカイカ科 Ommastrephidae
- 属:アメリカオオアカイカ属 Dosidicus(1属1種)
- 種:アメリカオオアカイカ Dosidicus gigas(Orbigny, 1835)
和名・英名
- 和名:アメリカオオアカイカ
- 通称:フンボルトイカ/Diablo Rojo(赤い悪魔)/Jumbo flying squid
- 英名:Humboldt squid
学名と別名の由来
属名 Dosidicus はスペイン語の dos(2)と ラテン語 dactylus(指)を掛けたとの解釈があり、種小名 gigas は「巨大」の意です。英名 Humboldt squid は生息域を流れるフンボルト海流(ペルー海流)にちなみます。スペイン語圏では体の赤変色と獰猛さから「Diablo Rojo(赤い悪魔)」の名で恐れられてきました。日本の市場では単に「アカイカ」と表記されることが多く、ムラサキイカとの混同も生じています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 外套長 最大約1.75m/体重 最大約50kg |
|---|---|
| 分布 | 東太平洋(南米沖〜カリフォルニア)/近年はワシントン・オレゴン・アラスカまで北上 |
| 生息環境 | 昼間は水深200〜700m、夜間は100m以浅まで浮上(日周鉛直移動) |
| 寿命 | 基本的に約1年(大型個体は2年の可能性) |
| 食べ物 | 小魚・甲殻類・頭足類・カイアシ類。共食いも多い |
| 群れ規模 | 約1,200個体の群れをつくる/時速24kmまで泳ぐ |
| 保全状況 | IUCN: LC(軽度懸念/2014年評価) |
赤い巨体と急変色
体重50kgの巨大なイカ
アメリカオオアカイカは、体重の40%を占める分厚い外套と大きな鰭を持ち、市場に流通するイカの中でも最大級の体格を誇ります。外套長は最大1.75m、体重は50kgに達し、市場の解体現場では大人2人がかりで運ぶ光景も珍しくありません。分布域の北端に近いほど個体が大きくなる傾向があります。

0.15秒で色を変える
体全体を濃赤紫から白まで、わずか0.15秒で切り替える急速な変色能力を持ちます。外套膜には1cm²あたり約300個、鰭の上面には約800個もの色素胞(chromatophore)が詰まっており、この密度が瞬時の色変化を支えています。色を変えるのは体全体だけではありません。鰭や腕の一部だけを別々に光らせたり複雑なパターンを描いたりして、個体間のコミュニケーションに使っていると考えられています。

触腕の大吸盤と鋭い歯
腕には100〜200個の小さな吸盤、触腕には4列の大吸盤が並び、その周りには8〜25個もの歯を備えた角質環(chitinous ring)がぐるりと囲みます。獲物を捕えるだけでなく、噛みつけば人間の指を切り落とすほどの強さで、ダイビング中に襲われた事故も報告されています。
群れで狩る「赤い悪魔」
群れで襲う獰猛な捕食者
頭足類には珍しく、約1,200個体からなる大きな群れをつくって行動します。群れで狩る行動が獰猛と受け取られる要因になっています。
1,200個体の集団狩り
獲物は小魚・甲殻類・他のイカ・カイアシ類などで、群れで襲うことで大型の獲物も倒します。ただし個体間で協力しているかは慎重に見られており、多くの研究者は「近くに集まって同時に襲っているだけ」と考えます。積極的な連携ではなく、密集した個体群による偶発的な包囲が実態のようです。
共食いによる急成長
網に一緒に捕らえられた際の共食いや、傷ついた仲間を襲う行動も頻繁に観察されています。この共食いが急速な成長を支える栄養源になっていると推定されており、寿命1年で外套長1.75mに達する成長速度の背景にあるとみられています。
日周鉛直移動と酸素極小層
電子タグの追跡で、昼間は水深200〜700m、夜間は100mより浅い層まで浮上する「日周鉛直移動」を行うことが明らかになりました。昼の深層は酸素の少ない「酸素極小層(OMZ)」にあたり、通常の動物には過酷な環境です。アメリカオオアカイカは低酸素に耐える特殊な代謝機構を持ち、他の捕食者が入り込めない場所を昼間の避難所として利用しています。
時速24kmで泳ぐ
漏斗から水を勢いよく噴き出し、鰭を使って安定させる推進で、最高時速24kmで泳ぐことができます。摂食時には活発に動き回るのに対し、それ以外の時間は比較的おとなしいことも分かっています。好奇心の強さと知的な振る舞いも報告されており、水中のダイバーに近づいて観察する行動が撮影されています。
北へ広がる分布
従来はティエラ・デル・フエゴ〜カリフォルニア
本来の分布は東太平洋のティエラ・デル・フエゴ(南米最南端)からカリフォルニアまでで、フンボルト海流に沿った寒流域が中心です。ペルー・チリ・メキシコが主な漁場で、世界最大級のイカ漁獲量を支える基幹的な資源となっています。
ワシントン・オレゴン・アラスカへ北上
1997〜1998年の大規模エルニーニョを契機に、モントレー湾でアメリカオオアカイカが初めて観察されました。その後、ワシントン州・オレゴン州・アラスカ州でも継続的に記録され、2004年にはワシントン州ロングビーチ半島に1,000〜1,500個体が漂着しています。原因として、水温の上昇と、マグロ・サメなどの上位捕食者の減少が指摘されています。

海洋酸性化と将来
米国科学アカデミー紀要の研究では、21世紀末までの海洋酸性化により本種の代謝が31%、活動性が45%低下すると予測されています。酸素濃度の高いより浅い水域に移動する可能性も指摘されており、分布域と行動パターンは今後さらに変化していく可能性があります。
人との関わり
世界有数のイカ漁
ペルー・チリ・メキシコを中心に、世界最大級のイカ漁獲量を支える経済的に重要な種です。夜間に浮上する習性を利用し、集魚灯を焚いた漁船でジグ(擬似餌)を用いて釣り上げられます。近年は漁獲量の変動が大きく、環境変化と乱獲の両方が資源の不安定化の要因として指摘されています。

日本ではアカイカ・ムラサキイカとして流通
日本の市場では「アカイカ」「ムラサキイカ」の名で流通することが多く、業務用のイカリングや加工品の原料として大量に使われています。日本近海の正式なアカイカ(Ommastrephes bartramii)とは別種で、市場では両者が混同されることもあります。刺身では独特のえぐみがあるため、加熱調理向きとされます。
ダイビング中の襲撃事例
「赤い悪魔」の異名の一部は、実際にダイバーを襲う事例に由来します。夜間の水中で好奇心と攻撃性の両方を見せることが知られ、腕の吸盤と鋭い歯で装備を引きちぎる行動も撮影されています。人間の腕ほどもある触腕と、噛みつく力を持つ大きなくちばしを備えた大型のイカです。
近縁のイカとの比較
アカイカ科の代表種
アメリカオオアカイカはアカイカ科 Ommastrephidae に属する種です。同じ科にはスルメイカ・アカイカ・トビイカなどが含まれます。共通の特徴は流線型の胴と大きな鰭、そして「空を飛ぶイカ」として知られる海面からの飛び出し行動です。
スルメイカとの違い
スルメイカは同じアカイカ科ですが、体長30cm前後の日本近海の小型種で、体重0.5kg程度にとどまります。生息海域も北太平洋の日本近海が中心で、東太平洋のアメリカオオアカイカとは重なりません。市場では単価も規模も大きく違うイカです。

アカイカ(Ommastrephes bartramii)との違い
正式名のアカイカ(Ommastrephes bartramii)は太平洋・大西洋・インド洋の亜寒帯〜熱帯に広く分布する別種で、日本ではスルメイカの代用として流通します。属も種も違いますが、市場での「アカイカ」の呼び名がアメリカオオアカイカに使われる場合があり、混同が生じます。
ソデイカ・ムラサキイカとの流通名の混同
日本の流通名では「ムラサキイカ」がアメリカオオアカイカを指す場合があり、加工食品のパッケージでもたびたび使われます。ソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)はまったく別の科ですが、大型の食用イカとしてスーパーの棚に並ぶことがあり、名前の似た存在として混同されることがあります。市場の呼び名は種を厳密に反映しないことがあります。
ダイオウイカ・ダイオウホウズキイカとの違い
体重50kgのアメリカオオアカイカは市場の実物としては最大級ですが、深海のダイオウイカ(275kg)・ダイオウホウズキイカ(495kg)と比べれば桁が違います。深海の巨大イカは獲物として人間の前に姿を現しにくいのに対し、アメリカオオアカイカは商業漁獲される「見える巨大イカ」として、経済的にも研究的にも重要な位置を占めるイカとされます。


関連ページ


参考
- IUCN Red List: Dosidicus gigas(2014年評価・LC)
- Wikipedia (en): Humboldt squid(morphology, vertical migration, OMZ tolerance, range expansion)
- Wikipedia (ja): アメリカオオアカイカ(分布・生態・色素胞)
- Rosa & Seibel (2008) PNAS “Synergistic effects of climate-related variables suggest future physiological impairment in a top oceanic predator”(海洋酸性化の影響予測)
画像出典
- アイキャッチ(メキシコの浜辺個体): Steven Bodzin, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
- 本文(1912年学術図版): Biodiversity Heritage Library, Public domain, via Wikimedia Commons
- 本文(水中の個体・カリフォルニア沖水深250m): NOAA Cordell Bank National Marine Sanctuary, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
- 本文(アラスカで記録された個体): stevestevens, CC0, via Wikimedia Commons
- 本文(南カリフォルニア沖で釣り上げられた52lbの個体): Fish guy, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons


