ドチザメは、日本の沿岸や河口で見られる全長最大1.5mのサメです。灰色の体に暗色の横帯が入る温和な性格の種で、水族館の「触れるサメ」の代表として親しまれています。卵ではなく胎生で子を産み、9〜26尾の子ザメを一度に出産する繁殖生態を持ちます。近年はIUCNレッドリストで絶滅危惧種(EN)に指定されており、漁業による混獲などが懸念されている東アジア固有のサメです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:軟骨魚綱 Chondrichthyes
- 目:メジロザメ目 Carcharhiniformes
- 科:ドチザメ科 Triakidae
- 属:ドチザメ属 Triakis
- 種:ドチザメ Triakis scyllium(Müller & Henle, 1839)
和名・英名
- 和名:ドチザメ
- 南日本での呼び名:モダマ(食用として)
- 英名:Banded Houndshark/Japanese Houndshark
学名と近縁のカリフォルニアドチザメ
属名 Triakis はギリシア語で「3つの尖点」を意味する語に由来し、歯の形態を表した名です。種小名 scyllium は古代ギリシア語で「小犬」を意味する語(σκύλιον)に由来し、そこから小型のサメ類(dogfish)を指す語として使われるようになったとされます。同属には北米西岸に分布するカリフォルニアドチザメ(Triakis semifasciata)がおり、アメリカの水族館や図鑑では別種としてよく知られています。日本語では両者とも「ドチザメ」を含む呼び名で呼ばれるため混同されがちですが、本記事では日本近海に分布する Triakis scyllium(在来種)について扱います。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 最大約1.5m/出生時 18〜20cm |
|---|---|
| 分布 | 北西太平洋(ロシア極東南部・韓国・中国東部・台湾・日本) |
| 日本での分布 | 北海道南部以南の沿岸/東京湾・伊勢湾・瀬戸内海など内湾にも多い |
| 生息環境 | 海岸近く〜水深150mの大陸棚/砂地・岩礁・藻場/河口の汽水域まで進出 |
| 寿命 | 野外での詳しい追跡例は乏しく、明確な数値は不明 |
| 保全状況 | IUCN: EN(絶滅危惧)/2020年評価 |
姿の見分けかた

全長最大1.5mの細身のサメ
細長い体と丸みのある頭
ドチザメは全長が最大で約1.5mになる中型のサメで、細長い体と丸みを帯びた頭部を持ちます。同じサメの仲間でも、映画で有名なホホジロザメのような迫力ある姿とは対照的に、穏やかな顔つきをした種です。背側は黒色から灰色、腹側は白色で、海底近くを泳ぐ姿は落ち着いた色合いで観察されます。
暗色の横帯と斑模様
本種の識別点は背中に並ぶ複数の暗色の横帯(バンド)と斑模様です。この模様は幼魚〜若魚で鮮明で、英名 Banded Houndshark(帯のあるドチザメ)の由来となっています。成長するにつれて模様は徐々に薄れる傾向があり、大型の個体では横帯がぼやけて灰色一色に近い印象になる個体も知られます。

幼魚と成魚で印象が変わる
出生時の全長は18〜20cmほどで、幼魚は暗色横帯が非常にはっきりしています。若魚期は暗色横帯がくっきりした姿で、水族館の展示でもよく見られる時期にあたります。成魚(1m前後〜1.5m)は模様が薄れ、単色に近い落ち着いた灰色の姿になる個体が多く、成長段階で見た目の印象が大きく変わる種です。
卵ではなく胎生で子を産む
無胎盤性の胎生
「卵」ではなく子ザメを直接産む
「卵」の名で知られる魚と混同されがちですが、ドチザメは卵を産まない胎生のサメです。卵殻の中で仔サメが育つ「卵胎生」の一種で、より正確には胎盤を持たない「無胎盤性の胎生」と呼ばれる繁殖様式にあたります。母体内で卵黄を栄養に育った子ザメが、ある程度成長した状態で母親から直接産み出されます。
妊娠期間は9〜12か月
妊娠期間はおよそ9〜12か月とされ、夏(主に7〜8月)に一度に9〜26尾(記録では42尾)もの子ザメが出産されます。産まれた子ザメは初めから泳ぎ、母親の世話なしに自力で捕食を始める早熟型の生活史です。雄は5〜6歳、雌は6〜7歳で性成熟に達するとされます。
単為生殖の可能性 ―魚津水族館の事例
2016年に富山県の魚津水族館で、雌のみで飼育していた水槽で幼魚が誕生した事例が報告され、ドチザメでも単為生殖(雌が単独で子を産む)が起こる可能性が示唆されました。単為生殖はいくつかのサメ種で報告例があり、水族館の閉鎖環境で確認されることが多い現象。本種を含む軟骨魚類の繁殖戦略の柔軟さを示す興味深い事例のひとつです。
分布と生息環境

北西太平洋の東アジア沿岸
ドチザメは北西太平洋の東アジア沿岸に分布する種で、ロシア極東南部・韓国・中国東部・台湾・日本にかけて見られます。日本国内では北海道南部以南の沿岸に分布し、東京湾・伊勢湾・瀬戸内海などの内湾にも多く見られる比較的身近なサメです。
砂地・岩礁・河口の汽水域
本種は海岸近くから水深150mの大陸棚までの浅海に生息し、砂地・岩礁・藻場を好みます。塩分濃度の変化への耐性もあり、河口の汽水域まで進出することもある柔軟な種です。海底近くを泳ぐ底棲寄りのサメで、遊泳力は他の外洋性のサメほど強くはないとされます。
食性と夜行性の暮らし

甲殻類・タコ・小魚が主な餌
底棲の小動物を吸い込むように捕食
ドチザメの食性は肉食で、次のような底棲・沿岸性の小動物を主な餌とします。
- 甲殻類:エビ・カニ・ヤドカリ・シャコなど
- 頭足類:タコ・イカ類
- 小型魚類:カレイ・アナゴ・ニシン・アジなど
海底の砂や岩の隙間を鼻先で探り、底棲の甲殻類やタコを吸い込むように捕食する採食スタイルです。
小さな円錐形の歯で丸呑みする
歯は小さく尖った円錐形で、大きな獲物を切り裂くというよりは、小型の動物を丸呑みするのに適した形とされます。ホホジロザメのような鋸歯状の三角歯を持つ捕食者型のサメとは、歯の形態から採食戦略まで異なる系統に属する種です。
夜行性で洞窟に集まる
本種は夜行性で、日中は海底の物陰や岩の隙間で休み、夜になると採食のために活発に泳ぎます。通常は単独行動で、水族館の展示水槽でも日中は海底にじっと横たわる姿がよく見られる種です。
水族館の「触れるサメ」として

穏やかな性格で展示に向く
タッチプールの代表種
ドチザメは性格が穏やかで、人にほとんど攻撃せず、飼育下でも扱いやすいことから水族館の「タッチプール」で来館者が触れる展示に使われる代表的なサメです。日本国内では魚津水族館・名古屋港水族館などをはじめ、多くの水族館で本種の展示が見られます。
サメの誤解を解く教育プログラム
子どもが手のひらでサメの背中を触れる体験は、サメに対する誤解を解く教育プログラムの入り口として長く活用されてきました。「サメ=人を襲う怖い魚」というイメージから、多様な性格と生態を持つ生き物としての実像へと理解を広げる役割を担っている種です。
カリフォルニアドチザメとの区別
アメリカで「Leopard shark(ヒョウ柄のサメ)」として知られるカリフォルニアドチザメ(Triakis semifasciata)は同属の別種で、北米西岸のカリフォルニアの水族館で人気のサメです。日本のドチザメとは分布地・模様(カリフォルニアドチザメは大きな豹柄)が異なる魚で、本種(日本のドチザメ)は横帯と斑の混じった落ち着いた模様となっています。名称が似ているため混同されやすい別種のひとつです。
人と危険性
ドチザメは性格が非常に穏やかで、人を襲うような事例は基本的に知られていません。ホホジロザメやオオメジロザメのような危険な大型サメとはまったく異なる温和な種です。サメ類共通の性質として咬合力は相応に強く、口元に触れると咬まれる可能性のある魚ではありますが、通常の遭遇で危険と判断される種ではないとされます。
食用「モダマ」と混獲
ドチザメは南日本で「モダマ」の名で食用にされ、淡白な白身の魚として利用されてきました。サメ肉は鮮度が落ちるとアンモニア臭が出やすい性質があるため、下処理や早めの調理が前提となり、かまぼこや練り物への加工にもよく用いられる食材です。漁業では刺し網・定置網・トロール漁・延縄漁で混獲される機会が多く、後述のとおり近年の個体数減少の一因ともなっています。
釣りと入手
ドチザメは東京湾などの内湾で防波堤や岸からの投げ釣りで釣れる魚のひとつで、専門的な狙いというよりは他魚を狙った際に混獲される「外道」として釣れることが多い種。引きは強めですが、持ち帰る際は上記の下処理が前提となる魚です。生体としての一般流通は限定的で、アクアリウム関連の専門店で稀に扱われる程度。食用の魚市場流通も産地中心で、都市部での鮮魚販売は少ないとされます。IUCNレッドリスト絶滅危惧(EN)指定を踏まえて、釣獲個体はリリースが推奨される現状にあります。
保全 ―IUCN絶滅危惧(EN)
ドチザメはIUCNレッドリスト(2020年評価)で「EN(絶滅危惧)」に指定される種で、水族館では身近な存在ながら、世界的には絶滅の危険が高い状況にあります。漁業による混獲が主要因とされ、東アジアの沿岸で個体数の減少が指摘されています。サメ類の多くは寿命が長く成熟が遅いため、一度個体数が減ると回復に時間がかかる特徴を持ちます。水族館のタッチプールで触れる身近な種が、野外では絶滅危惧種として保全対象になっている現状が本種の姿です。
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画像出典
- Jin Kemoole, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
- saname777 from Tokyo, Japan, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
- Coughdrop12, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Chris_huh, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- hirotomo t from japan, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
- Jin Kemoole, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons


